- 「幻想・残酷・邪心・淫猥な世界」を描いた20篇。
- 簡潔で読みやすい。
- 著者の博識ぶりがいかんなく発揮されている。
- おススメ度:★★★★☆
倉橋由美子というと、一番(一般的に)有名なのは『大人のための残酷童話 (Ama)』じゃないでしょうか。『残酷童話』はベストセラーとして少し話題になりましたので、いつか取り上げたいなあと思っています。今回紹介する『怪奇掌篇』は、ギリシャ神話の神々を登場させたり、国内外の古典から少し題材をいただいたりしていますが、著者のオリジナル作品集です。タイトルには「掌篇」とありますが、内容の密度からいうと、短篇集といってよいと思います。
20もある作品をそれぞれ紹介するよりも、実際読んでもらって、その幻想的でおそろしい世界に入りこんでもらいたいです。少し観念的なところもありますが、無駄を削ぎ落とした感じの無駄のない分量なので、読みやすくなっています。また、著者の知識をいかしつつ、それをひけらかすような(衒学的な)ところもあまりなく、元ネタが分からなくても楽しめます。
一応、私の印象に残った作品をいくつか紹介したいと思います。観念的な恐怖が、厭な感じに変わる恐怖、それが現実に胚胎する時、革命のイメージが癌になって現れる「革命」。『ガリバー旅行記』のパロディで、毒のある皮肉がきいた「オーグル国渡航記」。食人通の夫婦の、もっともらしい食人談である「カニバリスト夫妻」。この「カニバリスト夫妻」に関して、ラストだけは少し余計かなとは思いますが。
基本的に、この作品集は、怪奇もさることながら、エロティシズムの要素が多分に見られます。直接的な交歓のシーンもありますが、冒頭作品の「ヴァンピールの会」に見られる、ヴァンパイアが人の精を吸うという行為もそうですし、食人というのも交合のメタファーのようです。また、「事故」という一編にすら妙なエロスを感じてしまいます。
この作品群には、所々、登場人物たちが、形而上的な理想を追い求めている、そのような感じを覚えます。自分たちが生きる場所が、本当はこの現実の世界ではなく、どこか別の場所ではないかという、そのような理想を求めているのではないかと思わせることがあります。それが、時にはきつい皮肉のきいた残酷な結果として現れたりしますが。
20篇が適度な長さで、これから何か続きそうというところで終わってしまいます。そこが少し怖いところでもあります。夏の暑さに参って、本など読む気力が湧かない時などに、少しずつ読みすすめるものとして、おススメです。
(成城比丘太郎)