- 警察・新聞記者・裁判官・元殺人犯の渋いドラマ
- ミステリ要素からサスペンス、ちょっとしたサイコ的要素も
- 安定した内容。一編を除いて地味でもある
- おススメ度:★★★☆☆
著者の横山秀夫と言えば、「半落ち(Ama)」「64(Ama/上)」や「クライマーズ・ハイ(過去記事)」など、シリアスで社会派的な作風で知られているが、本作も表題作の動機を含め、なかなか変わった視点で描かれているドラマばかり。この作風はたまに読みたくなる。
(あらすじ/本の裏より転載)署内で一括保管されていた三十冊の警察手帳が大量紛失した。県警本部警務課の企画調査官、貝瀬の提案で、刑事部の猛反発を押し切ってテスト導入された直後の出来事だったため、彼は愕然とする。一人で捜査を始めた彼は、刑事一課のある警部補を怪しいと睨む。警察署内の緊張は高まり、一触即発の状況の中、男たちの矜持がぶつかり合う――。第53回日本推理作家協会賞受賞作の表題短篇をはじめ、女子高生殺しの前科を持つ男が匿名の殺人依頼電話に苦悩する「逆転の夏」、地方紙の女性記者が特ダネを抜くために奔走しながら、ライバルの全国紙からの引き抜きに一喜一憂する「ネタ元」、公判中の居眠りで失脚する裁判官を描いた「密室の人」。珠玉の4編を収録。
警察小説というジャンルがあって、ご存知とは思うが、事件そのものを追うより、警察内部の人間模様が描かれる。なぜだか分からないが時々、警察小説を読みたくなる。それは普段知らない世界を覗きたいという好奇心だろうか。それとも、警察というかたい組織であっても苦労が絶えないという「隣の芝は青くない」ことを確認したいという理由だからだろうか。とにかく、落ちついた人間ドラマを読みたいとき、このジャンルの小説を探す。本書を選んだのもそんな理由だった……のだが、表題作を除いて警察小説ではなかった。むしろ、いろんな状況で苦悶する人間のドラマだ。以下、順を追って。
<動機>表題作。あらすじにあるように、警察内部で警察小説が盗まれるという事件が発生。その責任者である主人公が、犯人探しに奔走するという話。ポイントは、犯人を推理するミステリ要素もありながら、その下に犯行に至った「動機」を探るという人間ドラマ、というか、人間同士の駆け引きのようなものが描かれる。短い小説だが、表題作になっているだけあって、展開も落ちも鮮やか。地味な人間ドラマの中に、いろいろと考えさせられるものがある。警察小説としても面白く、警察の内部抗争の様子を見るのは興味深い。実際、どんな世界なのかは分からないが、確かに人を惹きつけるものがあると思う。
<逆転の夏>女子高生を殺し、服役していた主人公が出所し、葬儀社で働くうちに「殺人を依頼される」という話の筋。これだけ中編小説になっていて、<動機>に比べるとサスペンス・ミステリ要素が強い。決して明るい作風ではないが、ミステリとしては十分に楽しめるのではないだろうか。それよりも、一度壊れた人生を修復する困難さが身に染みる内容。人間、間違いは犯すものだが、時に取り返しのつかないこともある。この主人公ほど深刻ではないが、決して後ろに進めない人生というモノについて考えさせられる。
<ネタ元>地方新聞の女性新聞記者の主人公が、部数減の窮地に陥って、スクープを追う話に、男社会の駆け引きを盛り込んだ作風。面白く読めないことはないのだが、上の二つに比べると、ちょっと隔たりを感じる世界でもある。というのも、新聞そのものが衰退している現在、リアリティが(作者の意図とは関係なく)失われているからだろう。現在の20代より前の世代の方がこの話を読んでもピンとこないだろう。インターネットが普及していない世界の、ちょっとした「時代物」になっている。落ちは微妙……これを現代の企業に置き換えることはできると思うが。
<密室の人>この話が一番良く分からない。裁判中に居眠りした裁判官の転落人生が描かれるのだが、いまいち狙いが分からない。夫婦愛なのか、愛憎劇なのか、別の狙いがあるのか。設定も突飛で、とっつきにくい印象のまま、最後まで行ってしまう。敢えて言えば、これは失敗作ではないだろうか。<動機>の分かりやすさ、面白さとは落差がある。何よりも主人公に共感できない。作風の幅を広げようという意図があるのかも知れないが、最後に位置することで、尻すぼみの印象になってしまったのは残念だ。ただ、ちょっとサイコホラーっぽい。
と、いう訳で4つの話はどれも癖があるが、最後を除いて、楽しめる作風ではないだろうか。ただ、作品の配置が、全体的にデクレッシェンドになっていて、一冊の本としてみると、竜頭蛇尾になっているようにも。総括すると、読んでつまらないというレベルの本ではないが、それぞれのエピソードは好みが分かれるだろう。<逆転の夏>などは結構ホラーな感じもあるので、怖い話的にも及第点だと思う。個人的には著者の最高傑作は「64」だと思っている。
(きうら)