- 「語り手」デュマによる「枠物語」
- 殺人事件から始まる怪奇譚の披露
- まさに19世紀オカルティズムの潮流
- おススメ度:★★★★☆
【あらすじ】
時は19世紀フランス。語り手のデュマは20代の劇作家。彼はある日、「石切夫」のジャックマンが「妻を殺した」と告白する現場に居合わせた。そのジャックマンは、切り落としたはずの妻の首が口をきいたと言って、とても震えあがっていた。デュマは、その殺人を自供した男の要請で呼ばれた市長らとともに、殺害現場に赴く。凄惨な現場での見分の後、デュマは市長の家に呼ばれることになった。そこではじまったのは、居合わせた人物たちによる、首切り事件に端を発した、出席者それぞれの怪奇譚の披露だった・・・。
【感想とか内容の紹介とか】
まずこの物語の形式的特徴は、デュマの語りによる「枠物語」になっていることです。タイトルからうかがえるように「千夜一夜物語」を模したようなものです。今の日本なら、「百物語」のようなものです。まあ、百もの怪談がなされるわけではないですが、出席者がそれぞれの経験した(あるいは見聞した)怪奇譚を語っていくという、そういう怪談として読むこともできます。ここでおもしろいのは、デュマ自身が単なる聴き手に徹しているようにも思えることです。作者自身の見解はなるべく前景化しないように努めているようだということです(逆に言うと、それが垣間見える部分もありますが)。
怪奇譚といっても、なにもそれぞれがテーマとして自由に語るわけではないです。「石切夫」のジャックマンが告白した、「生首が口をきいた」というような非科学的な経験談をもとに、それがはたして本当に起こり得るのかどうかを語りあうわけです。ここにおいて、その告白の妥当性にケチをつけるのが、とある医師です。その医師に反駁する形で、出席者が、自らの体験した怪奇譚を話すのです。
さて、ここで語られる怪奇譚は、ギロチンで首を切られたその首が何かの反応をかえしたとか、死者を侮辱した人物が死者からの仕返しを受けたとか、青白い顔をした女性の吸血鬼を軸にしたロマン的な物語などなどです。詳しい内容を書きませんが、当時の状況などをおりこんだおもしろい語りになっています。あまり怖くないと思える部分もありますが、当時(19世紀)のフランスでわきおこっていたと思しきオカルティズムの風を感じられます。そのオカルティズムとは、実証主義の恩恵を受けた、科学という新たな知の体系に通じるものかもしれません。
本書には、フランス革命以前の魔術的信仰をなつかしむようなところがあります。とくに、「アリエット」という人物は興味深いです。彼は本人談によると、今まで何年もの生を生きてきたというか、伝説的な大人物にみずからを擬しており、このアリエットのキャラクター性は現在の中二病的な転生もののキャラを思わせる部分があります。
【まとめ】
とくにまとめることもないですが、訳者によると、本作は日本ではあまり知られておらず、埋もれていた作品だということです。というか、「デュマの専門書でもまともに言及されない代物」のようです。こういうおもろい作品が、文庫で、しかも野口英世一枚で読めるのは、ひじょうにありがたし。単なる怪奇譚というだけではなくて、もっといろんな読み方ができそうだと思わなくもないので、また読んでみようと思わせてくれる、そんな作品でしょう。
(成城比丘太郎)