- 読書メモ(10)
- 「声の職人」が伝える声優の極意
- 著者本人の経歴を綴る
- おススメ度:★★★☆☆
本書の著者である森川智之は、現役の声優であるとともに、個人事務所社長として声優のマネジメントや声優志望者の育成にあたっています。森川自身は30年の声優キャリアがあります。これはどのくらいの位置づけになるのだろうか。個人的な見解だと、おそらく、まだベテランには入っていないのだろうと思います。声優(役者)としての一般的なキャリアを考えると、声優界には役者歴50年以上を超える人たちが現役として多くいるのですから。ま、そんなことはいいのです。
本書には、森川の声優人生を振り返りつつ、声優とはどのような職業なのか、また、声優には何が必要なのかを、あくまで著者個人の観点から語っています。
森川智之と聞いても、おそらく興味のない人は何の役をしていたのか分からないでしょう。一般の人がおそらく一度は耳にしたことがあるのは、トム・クルーズの吹替えでしょう。とくに、トムの吹替えはトム・クルーズ本人にも激賞されたようです。役者としての声優の演技にも、この役は「ターニングポイント」として大いに役立ったようです。森川は、基本的に、依頼があった仕事は何でもやってみようという貪欲さで声優業に取り組んでおり、その根底には声優の仕事は「楽しい」という精神があるのです。そのことは、本書の末尾に書かれた出演作品の一部(の多さ)をみればわかります。
声優というのは「声」のスペシャリストだと、森川はいいます。彼が言うことは、現役の声優(役者)や声優志望の人たちにも役立つのではないかと思います。以下にそれをちょっと紹介しましょう。
「この中の一つでも言えないものがあったら声優にはなれないよ」
これは、養成所の生徒に言うことのようなのですが、これはまあ当たり前でしょう。映画やアニメはもちろん、ナレーションなどで、聞き取りにくい発言などは声優としては論外でしょう。とくに声優に関して大事なのは、滑舌だと言います。たしかに、演技が下手なのは私もなんとも思わないのですが、声の悪さや滑舌の悪さには「こりゃだめだ」と思います(主にドラマや映画に出演する役者にはそういう人はいますが)。
「声優は日本語表現のプロでなければいけません」
「声優になりたいと思うのであれば、必ず日本語力を身につけてください」
「学生の方であれば、国語の成績でトップを目指してください」
声優(役者)とは、基本的には、台本(日本語)を読んで発声するわけですから、その書かれた言葉をきちんと理解しなければ説得力をもつことができません。森川も、本を読んでよく勉強することが大事だと言います。それはそうなのでしょう。SFアニメなどで、専門用語や難しい哲学的用語が頻出することがよくあります。声優がそれらを滑舌よく発声しようとも、その用語をその人たちが普段見慣れているかどうかはなんとなく分かります(これについては、監督や音響監督の指示もあるでしょうが)。
森川はまた、声優は自分で考えることが大事だと言います。とくに、「オーディオドラマというジャンルは、声優の原点だ」といいます。これは、「役者としての技量がないと、声だけで世界は作れません」ということを示していて、声のみでの演技の限界をあらわしているのでしょうか。そこで必要なのは「読解力」といいます。これは単に言葉の意味を掴まえるというだけではなさそうです。「求められるのは、その環境にあわせた演技のできる人」ということで、出演作品や共演する役者など全体を含めた「環境」を読み取れる力量を有することなのでしょう。森川は「オーディオドラマ」の掛け合いが非常に楽しいと言います。そのさまは、まるでジャズのインプロビゼーションを思わせます。
アニメのみに出演する声優のギャラは、基本的にそれほど高くないとはよく聞きます。本書にも、「短時間のナレーション一回の仕事で、アニメ10回分くらいの報酬になることもありました」とあるように、いかにアニメのギャラが安いかわかります。もちろん、キャリアや役者〔タレント〕としての地位などによって上がりはするでしょうが。しかし、この点についてはよく分からない。若手のギャラは安いとはよく聞きますし、人気のナレーターは年収が高いとかも。まあ、所属事務所などにもよるでしょう。
また、人気が上がるとともに、ストーカー被害などの「リスク」も出てきます。人気ゆえのリスクについてはあまり書かれていません。著者としてはもっと書きたかったのだろうか(社長ゆえに)。
森川は最近の若手には脅威を覚えないといっています。収録現場での本番において先輩に対し、(いい意味で)つっかかっていくような勢いがないといいます。そう聞くとなんだ大したことないのかと思われるかもしれませんが、私個人としては、能力だけをみると、非常にうまい(器用な)若手が多いなと思います(20~30年前デビューの人と比べると)。しかし、アニメなどで要求される演技の幅のせいか、あまりすごいと思う人はいません。それがいいことなのか悪いことなのかは、分かりませんが。
(成城比丘太郎)