- 珍しい植物バイオ系サスペンス
- 途中までは傑作!
- 不満は無いわけでは無い
- おススメ度:★★★☆☆
1/3くらいまで読んだ時は★5でも良いかと思うほど、久しぶりに楽しい作品だった。定番だが、自分の知らない世界と娯楽サスペンスの組み合わせは、好きなジャンルだ。メインテーマは植物の遺伝子操作とその弊害について、物語は落ちぶれた元天才研究者の復活劇として進行する。読めばよく分かるが、二人の作家が一つのペンネームで書いている。
(概要)トマトが枯死してしまう疫病が九州で流行し、ひょんなことから大学で冷や飯を食わされていた植物病理学者・安藤は調査にかかわる。このトマトの疫病を中心に、元カノで農水省のエリート里中、日本最大という設定の種苗企業クワバの会長、社員、さらに謎の天才ニューハーフ(と書いていいのか?)のモモちゃんなど、多彩なキャラクターでスピード感のある物語が展開する。
二人で書いている意味はもちろんあって、片方がストリーテーリング、もう一方が遺伝子の科学的裏付けを行なっていると思われる。最初はそれがうまく機能して、謎めいた物語が色んな角度から描かれ、飽きない。
例えば主人公の安藤は、過去の「事件」で学会を追われている。それなのになぜ、大学にいるのか? 元恋人の里中は超美人で知的。その関係はどうなっているのか? そして肝心のトマトの枯死の謎。刊行当時(2018)でも若干時期を逸した感のある遺伝子操作植物というテーマだが、それを逆手に取って「知らないけど難し過ぎない」解説が入る。また、クワバという企業が登場してからは、産業サスペンスの側面もあって、作者達が出し惜しみせず、しかもしっかり整理して小説に仕上げていることが分かる。
現実世界での米・モンサント(現在は独・バイエル社に吸収)をモデルにしたと思われる農薬とそれに耐性のある遺伝子組み換え植物のセット販売という「悪行」が、植物のウイルスという形で描かれる。これ自体はそれほど珍しい話では無いが、それなりに突っ込んだ描写もあって、科学読み物の側面もある。ここに登場するのがモモちゃんという前述のキャラクター。確かに面白いキャラだが……ステレオタイプと言えばステレオタイプ。
軽妙な文章で飽きさせないのは長所だが、中盤から、これが壮大な物語と合わなくなってくる。ネーミングセンスなどもそう。ストーリー担当の著者は軽妙な展開に長けているが、徐々に違和感も出てくる。
それが顕著なのが前半最後のハイライトである主人公が誘拐されるシーン。このシーンそのものは良くできていて、サスペンスの王道をいくシーンだ。しかし、これがいかにも軽い。もう少し小規模なテーマなら、これで良かったが、後半、世界の存亡云々と言い始めると、もっと重さが欲しい。具体的には敵の組織が脆弱過ぎる。これだけの悪行をするならもっと大掛かりな組織が欲しいが、そうすると主人公の設定では対抗できない。そういうジレンマも感じる。
後半の魅力が薄いのはその為で、量子コンピュータまで登場させるが、だんだん悪い意味で漫画的というかリアリティを失っていく。これが致命的で、前半の盛り上がりがあるだけにもったいない。もちろん、話は破綻してないし、オチもちゃんとつくが、違和感を抱いたのも事実だ。
ただ、この二人が書く以上、今後、大きく作風を変えない限り、この作品を超えるのは難しいとも思う。浅いと言っては失礼だが、面白いけど衝撃は受けない、そんなお話・作風なのである。
とは言え乾いた読書が続いていたので、久しぶりに純粋に楽しめたのも事実。グロい描写も無いし、性的シーンもほぼ無い。そういう意味でも読みやすい。
結果、オススメはしたい。ただ、過度の期待はしない程度に……というところ。たまにこういう本があるので、このジャンルの本を読むのはやめられない。
(きうら)