- 岡山で活動するアイドルグループを応援する、ドルオタ女性が主人公。
- とにかくかわいいアイドルたちと、登場する女性キャラ。
- 岡山あるあるドルオタあるある(たぶん)。
- おススメ度:★★★★☆
この漫画は、舞台が岡山というのと、絵柄がかわいいというのだけで読みはじめた。なぜ岡山なのか。作者が岡山出身だからということなんだろうが、読む限りでは岡山であることの必然性はないと思う。でも、なんとなくそこが個人的にはおもしろい。私の友人が岡山に住んでいるのと、山陰地方に帰省の際に岡山を通るだけ、というくらいの関わりしか個人的にはないのだが。
アイドル漫画(厳密にはドルオタの生態?)という内容だが、私はとくに今のアイドル(の状況)には、興味はあまりない。ここからの記述は、自分語りになるので、そこだけ読みとばしてもらっていいのですが、私がアイドルを意識したのは、物心ついて、丁度山口百恵の引退とピンクレディーの活動停止に、松田聖子の登場が重なり、それに続く中森明菜が登場した頃のことだったと記憶している。それから90年代までのアイドルとか声優アイドルとか、モーニング娘。くらいまでは追っていたのだが、最近のものはよく分からない。と言っても、昔は追っかけとかしていたわけでなく(買ったレコード・CDなどは20年間でもせいぜい数十枚くらい)、ただテレビなどで見ていただけで、ファンクラブに入っていたとかそういうこともない。
さて、この漫画の主人公である、ドルオタ女性の「えりぴよ」さんは、おそらく私と同じようにアイドルにはそれほど興味はなかったんじゃないかなと思われる。そんな「えりぴよ」さんが、一瞬にして心をもっていかれたのが、岡山の地下アイドル「ChamJam」の「舞菜」。「えりぴよ」さんの「舞菜」への入れ込みようは半端ないもので、鼻血を出しながらも「私の人生には舞菜の一分一秒が必要なんです!!」と力説するくらい。これが男オタクなら少々気持ち悪いかもしれない。しかも「えりぴよ」さんは、自らの全財産を「舞菜」との「握手権」などにつぎこむため、自らの格好が学生時代のジャージ一択になろうとも何も気にしないという、なかかのロックな生きかた。すばらしい。
アイドルたちは、みんなかわいく描かれているのだが、最初に読んだときには、髪の長いキャラなどは、なかなか区別つかなかった。その中で「舞菜」だけは、他のメンバーとは選択的に描き分けられている気がする(メインヒロインだから当たり前だが)。「舞菜」だけ、どこか桂正和のヒロインっぽい要素がちょっと混じったような感じで、「えりぴよ」が惚れるのも分かる。といっても、たまに「舞菜」と「あや」の二人が姉妹に見えるときがあるが。
主人公の「えりぴよ」は、ちゃんとした格好で、黙っていればアイドルメンバー入りできそうなものだが、「えりぴよ」的には外部から、<アイドルとしての舞菜>を応援することに命をかけている、そのことに意味があるのだ。登場人物としては他に、いつも「えりぴよ」と行動をともにする古株の「くまさん」と、比較的新参の「基」とが中心である。作品の絵面的にはこの3人でうまくバランスがとれていると思う。
個人的にこわい所は、やはりアイドルを金銭で支えるシステムだろう。話に聞いてはいたものの、「1000円で買う推しとの5秒」という最初の「くまさん」のセリフは、おそろしいシステムだなぁと思った。いつもそれだけCD買ってどうするねんとも思う。しかし、読んでいくうちに、アイドルとファンとの(きれいな)信頼関係みたいなものが見えてきて、それはそれでいいのかなぁとも思えてきた(はっきり言うと漫画だからどうでもいい)。
タイトルにある「死ぬ」は、おそらく「推しが武道館いってくれたら死ぬ」ほど嬉しいとか、そういう(一般的な歓喜の)ことだろうと思う。「えりぴよ」は、本作では「舞菜が武道館いってくれたら死んでもいい」と、ちょっと物騒だが、彼女にはとても大事なことなのだ。ここで身も蓋もないことを言うと、地方のアイドルが武道館にいくためには、まず全国区にならなければならないだろう。そして、様々な試練(?)を経て辿りつく先のひとつのゴールとして武道館が設定されているということは、その時には果たして「舞菜」は、グループにいるのかどうか。そんなことを考えてしまうのだが、個人的にはアイドルとして成長した「舞菜」が、岡山か関西あたりのホールで公演する姿を見つめる「えりぴよ」を見たい(ような見たくないような)。
この漫画は基本的にはギャグ漫画だと思う。とくに「えりぴよ」の言動がそれをあらわしている。そして、隠れてはいないが、もう一つの要素として<百合>的なものもある。1巻では、最後の「えりぴよ」と「舞菜」が電車内で見つめあうシーンがよい。アイドル好きな人ならおススメ度は4つ、いや5つです。
(成城比丘太郎)