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ホラーを中心に様々な作品を紹介します

★★★★☆

文学入門 (桑原武夫/岩波新書 青版)

投稿日:2019年8月1日 更新日:

  • 非常に分かりやすい文学論
  • 未読であれば深い感銘を受ける
  • しかし、文学、進歩してないんじゃ……
  • おススメ度:★★★★☆

これまで娯楽小説好きを自称し、ブンガクというものとは一線を画して生活してきたのだが、若い頃にはもちろん見栄もあって、あちらこちらの文学先品をつまみ食いもした。しかし、到底、系統的な把握とはいかず、単に「知っている」だけである。知人と友人の差のようなもので、そこには永遠に埋められない溝がある。

今さら文学青年(中年)を目指すわけではないのだが、最近、自分の書く小説にもう一つ捻りを加えたいと考えた時、同じフィールドの娯楽本は大した示唆を与えてくれず、ならばより「高尚」とされている文学でも、という安易極まりない感情が今回の読書動機である。

ところが、である。読んでみるとこれが非常に面白い。主に海外文学(トルストイの「アンナ・カレーニナ」がメインに論じられる)が、その主張される文学の要件などが明快で、正に教科書にしてもいいのではないかと思える内容。それにしても、吉川英治や菊池寛を大衆作家として迂遠ながら軽薄な作品と見做しているのが面白い。短歌や俳句も同様。現在の文壇のヒトビトはどう考えるのであろうか。

という訳で、ちゃんと起承転結になっている前説はこのくらいにして、実際に私の心に残った内容を列挙してみたい。ちなみに、図書館で借りてきて読んだのだが、各所に青線が引っ張って合って恐ろしく読みにくい。ただ、裏表紙の「本を大切に 返す期間を守りませう」には少し萌えた。

なぜ文学は人生に必要か
いきなり、本題に切り込んでくるスタイルだ。ほとんどの人は「必要ない必要ない」と言って逃げてしまいそうだ。
これに関して、非常に明快な主張がなされている。

(前略)それは文学が面白いからだ、ということがわかる。ところで、文学の面白さは、慰みもののそれとは異なり、人生的な面白さである。また、作者が読者に迎合して面白がらせる受動的なものではなく(それは低俗な文学である)、作者の誠実ないとなみによって生まれた作品中の人生を、読者がひとごとならず思うこと、つまりこれにインタレストをもって能動的に協力することである。

低俗な文学! 面白くなってきた。ちなみに作者の言うインタレストとは、

インタレストとは「興味」であると同時に「関心」であり、さらに「利害感」でさえあって、それは行動そのものでは決してないが、何ものかに働きかけようとする心の動きであって、必然的に行動をはらんでいる。

と、いうことらしい。

第二章もいい。「すぐれた文学とはどういうものか」というタイトルで、正に直球。著者はトルストイの言葉を引いて「新しさ、誠実さ、明快さ」とまとめているが、今の文学作品にそれを満たすものがあるのだろうか。結論としては、

すぐれた文学とは、我々を感動せしめ、その感動を経験したあとでは、われわれが自分を何か変革されたものとして感ぜすにはおられないような文学作品だ、といってよい。

と述べられている。もちろん、途中にはもっと滋味あふれる解説があるが、文学を非常に肯定的、能動的にとらえており、それには共感することしきりだ。そして、第三章では「大衆文学について」として、これだけ日本人は本好きなのに、真の文学作品に触れていないと嘆いている。私もその一人のような気がする。

別に文学至上主義に陥る必要はないと思うが、ロックな気分でブロークンな文章を描き殴っているだけでも芸がないな、と強く思った次第だ。このサイトで取り上げるホラー作品のほとんどは、大衆文学ですらなく、ただの娯楽文章である。娯楽は否定しないが、そればかりでは決して人間性が充足しないというのも真理であろう。

第四章では「文学は何を・どのように読めばよいか」が語らており、読書ガイド風になっている。実際に巻末にはおススメ50作品が紹介されているが、少なくとも私はこの50冊を順番に読んでいきたいと思っている。第五章は、座談会形式で「アンナ・カレーニナ読書会」の様子が収められているが、これはインテリ学生とのやり取りで、こういうものかと興味深く読んだ。

作中、最も衝撃を受けたフレーズは、この部分だ。

西洋では文学者に「人生の教師」といった称号が与えられているとき、今なお文学者を社会外存在とみなし、その社会的責任などということをいうのは、ヤボだというような傾向がつよいのは、日本の文学界がいかに遅れた段階にあるかを示すものである。

先日、芥川賞の受賞者の会見を見た。こういった「人生の教師」といった風格は無く、ただ、書き続けていたら賞を貰った、今後も誠実に書いていきたい的な発言であった。作品とは関係ないかも知れないが、やはり何らかの閉塞感が支配しているのだろう。今、メディアでは主に「人生」「社会」っぽいものを語っているのは「コメンテーター」や「成功者」という素性も素養も怪しげなヒトビトで、話題にするのはもちろん「他人の悪口」「飯か旅の話」「健康の秘訣」「金の儲け方」「弱者への誹謗中傷」である。辟易する。ちなみにこの本は1950年に書かれている。恐ろしい話だ。

これを読んで文学中年を気取る気は全くないが、惰性的な読書から一部脱却してみたいという気にはなった。ただ、人に眠りが必要なように、ときには力を抜いて読む文章も必要である。というわけで、本稿も矛盾していない。

では、まず「デカメロン」から読んでみます。

(きうら)


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