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★★☆☆☆

日出る国の工場(村上春樹・著/安西水丸・画/新潮文庫)

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  • 工場見学の文章とイラスト
  • どこを切っても村上春樹
  • 30年前のドキュメントで時代を感じる
  • おススメ度:★★☆☆☆

初版発行が1987年平凡社となっている。およそ30年前である(2018年現在)。そもそも「工場見学」という速報性が大切な分野で、30年も前のレポートを読むというのは、本来の目的である「この工場はこうなっていたんだ!」という主旨から外れ「昔はこんな風になっていたんだ!」という「歴史」の分野になってしまったように思う。なにしろCDが最新技術として紹介されているのだ。

(あらすじ)というものは無いが、小説家の村上春樹とイラストレーターの安西水丸が「人体標本」「結婚式場」「消しゴム工場」「牧場」「コムデギャルソン」「CD工場」「アデランス」という7つの工場を見学し、それぞれ文章とイラストで紹介するという内容。イラストのタッチはヘタウマ調なので、ほとんどは村上春樹の文章による紹介だと思ってもらっていい。ちなみに同じ安西だが、タモリ倶楽部で有名な安西さん(安斎肇)とは別人です。

いきなりこんなことを書くと失礼だが、村上春樹という作家は、フィクションでもノンフィクションでも文章の使い分けをしていない。なので、これは本当に「工場見学をした村上春樹」だということが分かる。例えば、CDの規格が統一した経緯をソフトの差だと聞いた著者は、

非常に卑近な例で申し訳ないが、隣りどうし並んで新規開店した二軒のソープランドが、設備(ハード)にはそれほどの差がないのに集めた女の子(ソフト)の質で差がついてやむなく店をたたむ感じである。

と、紹介している。うーむ、村上春樹でしょう。このサイトでも結構著者の本は取り上げたが、私が読んでいても笑ってしまうくらい著者の独白であり、ドキュメント・レポートという本来の趣旨とは程遠いように感じる。

逆に、村上春樹のファンであれば、ほどよく力の抜けた著者の文章を楽しむことができるだろう。そういう意味で、真面目な工場レポートを期待して読むと「巧みな変化球」とでもいうべき著者の文章に翻弄され、良く分からないという結果になるかも知れない。

それにしても30年前である。昭和61年と書かれていたので、ほとんどタイムスリップしたようだ。しかし、時代性を感じるのは、CDぐらいのもので、その他の工場は、それほど古くは感じない。村上春樹の文章が好きで、軽い読み物を探しているなら楽しめるはずだ。ただ、そのCDも仕組みが意外にしっかり説明されているので、結構勉強になった。光学メディアが淘汰されつつある2018年に読むのは感慨深いものがあるが……。

結婚式場の紹介もあるがこれは「玉姫殿」の事で、この章はほとんど村上春樹の創作小説のようになっている。それがいいのか悪いのか分からないが、少なくとも見学のようには見えない。ほかの工場は案内役の人のコメントも出てくるので、見学感は結構ある。蛇足だが、私もこういう「玉姫殿」系の結婚式場で結婚式を挙げたので、著者の指摘である

人々は結婚式というセレモニーにおいて感動もし、涙ぐんだりもする。しかしもし涙ぐんだとしても、その涙は一定の時間をもって収束するように設定されている。

という一文には妙に納得した。偽牧師に宣誓し、和洋折衷の料理を食べ、両親に感謝を述べる……第三者にとっては喜劇であっても当事者にとっては重大な人生のハイライトである。それをシステマティックに整えてくれる結婚式場というのはある種の社会的役割を担っているとは思う。ただし、最近はそういう「セレモニー」を無駄を考える人が多いようだが。

私の敬愛する椎名誠は、フィクションとノンフィクションでは文章を使い分けていたが、村上氏はそんなことはしていない。29歳の村上春樹の自由奔放で、遊び心のある文章が繰り広げられる一冊。これに価値を見出せるかどうかは、結局、著者を知っていて、好きかどうかという一点に収束する気がする。私は村上氏の文体と工場見学という題材は微妙に合わないと思ったが、どうだろうか?

(きうら)


-★★☆☆☆
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