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★★★☆☆

水の中の犬 (木内一裕/講談社文庫) ~全ネタバレあり

投稿日:2022年5月22日 更新日:

  • 正統派ハードボイルドのようで全部ぶち壊す
  • あらゆる悪徳要素があるが胸糞は悪くない
  • サスペンスとしては楽しめる
  • おススメ度:★★★☆☆

巻末の解説を読んで、あのヤンキー漫画「BE‐BOP‐HIGHSCHOOL」の作者が書いた小説の2作目だと知った。個人的に不良漫画は苦手で、当時ジャンプで読み飛ばしていた漫画No.1と言ってもいい。今なら楽しめるかも知れないが、実際にカツアゲとかイジメ、シンナーとか現実にあった世代なので何とも笑えない。

それはともかく、本作は元警察官の「探偵」を主人公にした壮大なクライム・サスペンス。あるいはピカレスク小説だ。探偵が主人公で、ホステス、情報屋、ヤクザ、薬中など、登場人物全員がほぼワルい奴らだ。現実から微妙にズレた世界で、最初は凡作だと思った。

本書は三部構成になっているが、連作中篇と言えるような内容で、完全に連続した物語である。ただ、この3編は全て趣が違う。正直に言って結構楽しめた。この先はネタバレになるので、紹介文を読んで決断してほしい。

(本の紹介/転載)「他人の痛みを、自分の痛みに。依頼人の事件を、自分の事件に。いつだって当事者になっちまう。なあ、探偵。彼女のために、何でそこまでやらなきゃならないんだ?」

探偵の元にやってきた1人の女性の望みは恋人の弟が「死ぬこと」。誰かが死ななければ解決しない問題は確かにある。だがそれは願えば叶うものではなかった。追いつめられた女性を救うため、解決しようのない依頼を引き受けた探偵を襲う連鎖する悪意と暴力。それらはやがて自身の封印された記憶を解き放つ。

いったい、何がしたいのか、自分でもわからない。でも――「俺は約束したんだ。必ず助けてやるって」誰も頼れない、追いつめられた依頼人たちが、今日も彼の元を訪れる。礼儀正しくて、誠実。そして、麻薬常習者で、人殺し。木内一裕にしか描けない探偵がここにいる。

三段もある長い紹介だが、よく分からない。私なりに要約すればこうなる。

元警察官の探偵が訳あり美人の依頼を引き受け、ひたすら暴力を受けたり振るったりする。とにかく、バイオレンスがメインで正統派ハードボイルドとは呼びたくない破茶滅茶な展開なのである。

ホラー・サスペンスにズレた私でも、ちょっと感心するくらいメインテーマが違う三部構成になっている。とはいえ、非現実的な要素と相殺され、結局はそこそこ面白いがそこまで感情移入できない内容だ。

第一話はタイトル通り「取るに足らない事件」だ。依頼人のホステス、頭のネジがぶっ飛んだ元警官の探偵、最後まで意味不明な情報屋、不倫男にレイプ魔とステロタイプの設定で、まるで昭和にタイムリープしたような内容だ。そこそこ面白いが、私は正直に言ってハードボイルドを意識し過ぎた内容に少々退屈していた。話は予定調和、大オチも予想通りでは楽しめない。暴力に伴う痛みの描写は丹念に描かれていてその点は評価できるが、一つ違うレイヤーを挟んだ違う世界のお話だ。この話だけなら私は感想を書く気も無かっただろう。

続く第二話は冒頭から第一章の内容をぶち壊していく。かなり荒っぽいが、文庫で100P以上を捨て駒にして本編を始めるとは思っていなかった。フリの長い小説は多々あるが、ここまで思い切ってやるのはなかなかだ。具体的に書く。ネタバレも思い切ってしていくのでご注意を。

第一章は美人ホステスが探偵に、不倫相手の弟にレイプされたから何とかして欲しいという依頼を持ちかけてくる。不倫相手とはもうすぐ結婚できそうなので、その事実はレイプ犯の兄(お相手の男)には絶対知られたく無いという。探偵は気が乗らないまま、結局それを引き受け、弟と対決。

ところが、完全に返り討ちに合う。最後は半殺しにされて詫びを入れる。が、探偵はそれでも諦めない。情報屋や裏銃器売りなどとの交流など、色々あるが結局、弟を追い詰め、最後は刃物で殺害してしまうのであった。ただ、死ぬ前に弟はホステスとの不倫関係を終わらせるために兄に依頼されやったと告白、そして兄の嫁が妊娠していることも知らされる。これにホステスが逆上。情報屋経由で鉄砲を手に入れていて、不倫相手を射殺。ありふれた事件として終わる。

銃にはかなりのこだわりがあって詳しい蘊蓄も出てくるが、私は省いている。探偵がいきなり弟の家に押しかけて乱闘するのも動機が謎だし、鼻や肋骨を折られても再戦するのもよく分からない。ただ、彼がひどく暗い過去を持っていて、鬱屈しているのは伝わってくる。とにかく、しゃべり口は丁寧だが、少々ぶっ飛び過ぎなのだ。ただ、これだけなら飛ばし過ぎだだけの小説。

2章。これはもう色々ひどい。殺された不倫男は実はそれなりの規模の暴力団を息子だった。その報復にホステスは何と警察内の偽弁護士に化けた殺し屋に冒頭で射殺される。探偵も報復として22時間後に殺されると予告される。これは暴力団の親分の娘、不倫男の正妻が早産し、子ども(つまり孫)が生きていた時間である。その間の探偵の様子を見るという役割で、矢能という幹部が張り付くことになるが、本章は彼とのバディムービーのようになるのだ。探偵はまたしても若い女から行方不明の兄探しを頼まれる。この兄というのが麻薬組織と密接に関わりがあるのだ。

同時に少年誘拐事件が発生する。この二人の犯人のうち一人が探している兄という話である。主犯は金光という麻薬中毒者。コカイン、ヘロイン、覚醒剤の効能などをかなり正確に書き分けているので、別の意味で閲覧注意。娯楽作品なのでとやかく言わないが、余りオクスリ関連の気持ちよさそうな描写を読むのはお勧めできない。

もう冒頭だけでお腹いっぱいになりそうな内容だが、探偵はひたすら少年を救うために奔走する。矢能も巻き込まれ、派手な銃撃やカーチェイスもある。長い過程があるが結末を書く。少年は結局、金光に殺害される。その金光は探偵が殺す。兄は一応助かる。矢能とは奇妙な友情が芽生える。少年の死によって探偵の過去が再生しかかる。どうやら同じような経験をしていたようなのだ。それが警察をやめて探偵になったきっかけらしい(家族と別れたのもそのため)。

冒頭から一気に畳み掛けるB級クライムサスペンス映画のような展開で、楽しいことは楽しいが、少々やり好き。外国のスラムじゃあるまいし、発砲し過ぎだ。ただ、途中で一章の真相が暴力団の親分に伝わり、最後はタイムリミットは解除される。同時にレイプ犯の弟の事件はもみ消される。

そんなお話の決着となる三章。冒頭、探偵は自分の記憶が「治療」によって改ざんされていることを知る。彼は警察官時代、少女を「解体」した変質者を衝動的に射殺していたのである。そのフラッシュバックが、彼を狂わせていたのだ。

そこに最後の依頼がくる。依頼人はまたホステスで、自分の娘が殺されそうだから助けてくれと依頼してくる。少女は賢そうな小学一年生だ。狙われているのはもと恩人の警察官らしい。命を救われ、代わりに刑務所に入ったらしい。さらに彼の子供を預かったのにその子供を殺してしまった(自殺に巻き込む形で殺害)のが動機で、脅迫状が届いている。今回の敵は暴力団がやりたがらない仕事を専門に受け持つ組織の親玉。これが殺人狂で、色々殺しまくる。非常に簡潔に書けば彼が前述の警官を殺しており、ホステスの子供殺しは自作自演、組が解散するらしい矢能に預けて子供は無事、刑事は親玉を射殺して逮捕されるのであった……。

こうやって荒っぽく列挙すると何が何だか分からないと思うが、結構長い小説なので、私が省略した部分に色々とアクションやミステリ要素があると思って欲しい。暴力や薬物の描写はかなり詳しいと思う。話の展開はめちゃくちゃの一歩手前で何とか繋がる。キャラクター達も同じく最低限のリアリティは保っている。一章はともかく、2章と3章の豪快な展開は評価したい。

一方、探偵の心の闇的な要素は中途半端でありきたりだ。この前読んだ殺人依存性の主人公と共通点が多いことから、警察官のトラウマと言えば、小児殺人に関係するのだろうかと思ってしまう。探偵は本当に言葉遣いが綺麗なだけで何でも力ずくで解決しようとし過ぎだ。客観的に見れば、作中、最もキレやすく、凶暴である。

エピローグは悪くなかった。ここまで書いたので書いてしまうが、ラストで暴力団幹部の矢能が探偵になっているのである。しかもあの少女を保護したままだ。彼が一番共感しやすいかも知れない。

暴力一色であったが、読後感は意外にさっぱりしている。何だか嵐が通り過ぎだような気分だ。

(きうら)


-★★★☆☆
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