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★★☆☆☆

深海のYrr〈中〉〈下〉(フランク・シェッツィング(著)、北川和代(訳)/ハヤカワ文庫)~概略と軽いネタバレ感想、先に〈上〉を

投稿日:2017年10月12日 更新日:

 

  • 海から異変が起こるSF系ディザスター小説
  • 精密な科学的調査と緻密な人物的背景
  • しかし、どこか読みたい小説とは違う
  • おススメ度:★★☆☆☆

この小説は非常に長い小説で、上・中・下巻があり、それぞれ500Pを超えるので合計1500Pにもなる。三冊積むと約6.5cmで、テニスボール程度の厚みになった。と、いうわけで先に<上>を紹介しているので、興味を持たれた方は先にそちらをご覧下さい。今回は、<中>と<下>を続けて最後まで読んでの感想です。上巻を踏まえてネタバレもするので、ご注意を。

(あらすじ)ノルウェー海で海底のメタンハイドレート層に生きる新種ゴカイが発見されたり、カナダ西岸でクジラやオルカが人間に襲い掛かる。さらに病原菌をばらまくロブスターなども出現し、何らかの異変が「海」で起こっているかも知れない……と、いうのが上巻のストーリー。中巻に入ると、上記のゴカイが引き起こす大規模な災厄シーンから、最終的に世界中の科学者がアメリカの空母に集まって<深海のYrr>の正体を突き止めて対応するところまでが描かれる。海洋学者ヨハンソン、クジラの研究家レオン、海洋ジャーナリストのカレンが実際の主人公で、彼らの周辺の人物と、人類を救うという使命をもって行動するアメリカ軍の女性司令官等によってドラマが構成される。

なんだかすごく遠いところで起こっているお話……と、いうのが率直な感想だ。これだけ綿密に科学的なバックボーンを調査し、登場人物についても豊富なドラマも用意されているというのに、読み進めてもほとんど感情移入できなかった。起こっているスペクタクルも、確かにすごいことになっているのは分かるのだが、意外性に乏しいので、ほぼ、予想したまんまの展開が待っている。

別に文章が読みにくいとか、人間ドラマが余分だとか、心理描写がいい加減だとかそういうことはない。ただ、着想やストーリーラインなどの部分部分、素材には素晴らしいものが揃っているのに、どうにもリアリティを感じない。それで、色々理由を考えてみたのだが、たぶん、私が読みたい中身と作者が提示している情報に大きな隔たりがあるのだ。

下巻の訳者の解説に書いてあるが、本国ドイツではSF賞を二つ、2017年の10月ではタイムリーなことにカズオ・イシグロ氏も受賞したコリーヌ賞も受賞(ただし、調べてみたが日本語で該当する賞についての解説されたサイトがない)しており、さらに、ミステリ大賞の第2位に輝き、ドイツ地球科学者協会賞まで授与されている。多分、ジャンルが混ざりすぎているのだ。その為、単純な海洋パニック小説として読もうとすると、Yrr(イール)に関する膨大な科学知識やレオンとその友人の出自の問題、環境問題やアメリカ独裁主義に対する皮肉めいた描写などが邪魔をして、とにかく読みづらい。かと言って、文学作品と言えるような(私が文学を誤解していないとして)複雑な深みもない。ミステリとしても意外性がない。

一番近いイメージは、著者が度々、登場人物のセリフとして引用しているアメリカのディザスター・ムービーだろう。「ディープ・インパクト」の名前が出ていたが、パーフェクト・ストームでも、アルマゲドンでも、2012でも、ボルケーノやデイアフタートゥモローでもいい。これは私の独断だが、この手の映画は人気はあるが「名作」扱いされているものが無い。映画としては、世界が滅茶苦茶になるカタストロフィが映像的に味わえればいい訳で、科学的根拠や深い人間ドラマは二次的なものだ。主人公が都合よく助かってもいい。その二次的な部分を大幅に加算したのが本書だと思ってもらえればいい。なので、SF好きの方にはもっと面白く読める可能性もある。

じゃあ、ホラーとしてはどうかと言われると、Yrrの正体も含めて、そこまで期待されない方が良い。日本人としては中巻序盤のある描写は良く描かれていると思うがやはりどこか遠くに感じる。下巻はほとんど空母内での派閥ドラマであるし、正直、少々気持ち悪い描写はあるものの、やはりこれはSF群像劇で、怖くはない。怖くはないので勧めにくい。もし、メタンハイドレードや大陸棚、深海やクジラなどのキーワードに興味があれば一読されてはどうか、という程度だ。

最後に蛇足だが、ユマ・サーマンが版権を買い取って2015年に映画化される予定と書かれているが、2017年現在、映画化はされてないっぽい。事情は分からないが、私はオチの部分が映像的に分かりにくいからだと思っている。もしくは、キャメロンの「アビス」とネタが被るからかも知れない。

(さらに蛇足)コリーヌ賞は気になるので、結構検索してみたが、著者の来歴にもないし、カズオ・イシグロ氏の受賞歴にもない。ドイツと英国の文学賞を(日本語で)調べてみたが、これにも該当する賞がない(似た響きのものもない)。そこで、ドイツ語で綴りを調べて、検索するとようやく「Corine Literature Prize(Wikipedia)」を発見、これを見ると2004年に確かに著者の「Frank Schätzing」の名前と英語での作品名「The Swarm」がある。ようやくスッキリした。カズオ・イシグロ氏も2006年に「Never Let Me Go(私を離さないで)」で受賞されている。ただ、2001年に始まって2011年に受賞作が途切れているので、余りメジャーな賞ではないのかも知れない。が、それは蛇足の蛇足なので、この話はここまでにしたい。

(きうら)




深海のYrr(中) (ハヤカワ文庫) [ フランク・シェッツィング ]


深海のYrr(下) (ハヤカワ文庫) [ フランク・シェッツィング ]

-★★☆☆☆
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