- 百鬼夜行シリーズの外伝・主要キャラの榎木津礼二郎が主人公
- 平凡な設計士・本島の視点で描かれる「ギャグ」ミステリー
- 本編を知っている読者「には」楽しく読めるだろう
- おススメ度:★★★☆☆
「姑獲鳥の夏」から始める百鬼夜行シリーズ(通称・京極堂シリーズ)の外伝であり、同じく外伝である「百器徒然袋―雨」に続く作品でもある。たぶん、雨も読んでいるが、全く忘れてしまった(笑)。今回は、たまたま本屋で見かけたので読んでみたという動機だ。時系列的には「邪魅の雫」の後となっているので、本編で言えば、9作目の後の話なので、この外伝を楽しもうと思うと、結構敷居が高いような気がする。
(あらすじ)まねき猫の挙げている手は右か左か--。そんな些細なことから、まねき猫のルーツに遡り、さらに遊郭にまつわるある悪事につながる「五徳猫」、超常的な存在である榎木津礼二郎と大阪の詐欺師との対決を描く「雲外鏡」、そこから謎のお面の出自をたどって荒事が起こる「面霊気」の3篇の中編を収録。中編と言っても全部で830P以上もあるので、それぞれが一つの長編と言えないこともないくらい、長い。
作風は、自らをもって凡夫を任じる「本島俊夫」の一人称で描かれる。彼はある会社の設計士なのだが、独身で地味なキャラクターとして描かれる。友人に紙芝居の絵師が出てくるが、それ以外はいたって普通のサラリーマンである。そんな彼が、本編に登場する強烈な個性を持ったキャラクターに「巻き込まれる」形で3つの事件に深くかかわっていく。
実はこの構図は、シリーズ第一作の「姑獲鳥の夏」の関口というキャラクターと同じ立ち位置である。というか、全く同じと言ってもいい。関口は小説家だが、本島は設計士で、差はそのくらいだ。本島の方が若干キャラクターが明るいが、それほど大差ない。だから、この小説には関口は登場しない。
作風ははっきり言って、コメディである。本編のシリアスな雰囲気は全くない。一応、殺人事件などは起こるが、陰惨な雰囲気は微塵も感じられない。ただ、本編で登場する京極堂や木場など、人気キャラクターは軒並み登場するので、外伝らしいサービス精神には溢れている。京極堂は本編と同じく探偵役で登場するが、本編は渋々駆り出されるが、外伝ではむしろ楽しんで登場しているように思う。
本作は大変愉快なドタバタコメディ小説だ。ただ、である。この作品を楽しむためには上記の本編を9作読んだ上で、さらに前作の「雨」を読んでいないといけない。いきなりこの小説だけを読んでも、完全には楽しめないだろう。そういう意味では完全無欠の外伝作品である。まさか、この作品から読もうと思う方はいないだろうが、とにかく、前述のように敷居が高い。
私も忘れていることが多かったので、結構、入り込むのに時間がかかったが、途中からは楽しくなってきた。多分、著者も楽しんで書いていたのだろう。ハチャメチャなオチに向かって、本島の愚痴めいたモノローグがじわじわ効いてくる。そしてラスト、本編にはない、ちょっとだけ華やいだ雰囲気で終わる。これもこのシリーズを知っている人にとっては結構、意外な出来事だろう。
結論としては、このシリーズで、最低限、京極堂と榎木津を知っていれば楽しめるようにはなっているので、本編を一作でも読んでいれば、読まれてはどうかというところ。京極夏彦は猟奇的な小説を書く半面、ギャグ小説も書いているので、その辺の趣味が遺憾なく発揮されている作品だった。読んでいる時はそうでもなかったが、読み終わってみると少し寂しい気がする。もう少し、この奇矯な世界に浸っていたかったな、と。
(きうら)