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★★★☆☆

雪の階(奥泉光/中央公論新社)

投稿日:2018年4月8日 更新日:

  • 心中事件を探る推理ものの体をとったもの
  • 奥泉文学の題材を詰め込んだ、ごった煮的作品
  • いろんなものに目を配った娯楽小説
  • おススメ度:★★★☆☆

【時候の挨拶的まえがき】
先日(4/2)、軽い花見をしてきました。軽い花見というように、どんちゃん騒ぎなどをするわけではなく、ただ静かに花を見て回っただけです。ここでいう花見の花とは、桜(ソメイヨシノ)を指すのが一般的でしょう。私が見るのもだいたいそうです。この時期にだけ同時に花を咲かせ、しばらくすると一斉に散るソメイヨシノは、あちらこちらに植えられていて、どこに行こうとも見られますよねぇ。今年の花見がいつもとは違うのは、開花時期が早まり、私の地域では3月30日頃にはほぼ満開状態でした。よく行く場所では、なぜかソメイヨシノとヤマザクラとが並行して植えられており、例年だとソメイヨシノが散る頃にヤマザクラが咲きだします。その二つが今年は並んで咲いていました。満開のソメイヨシノと5分咲きのヤマザクラが並ぶという光景で、こういったことはたまにあるのですが、それはソメイヨシノの満開が4月中旬にずれこんだ時のことであり、今年のように四月の頭に両者が並び咲いているのを見るのは初めてかもしれません。さらに、場所的には梅(実をとるやつ)までもが咲き残っているのです。この三者が同時に見られたのももちろん初めてです。原因としては、冬の寒さで梅の開花が遅れ、三月からの温かい気候でヤマザクラの開花が早まったせいでしょうか。まあ、それだけでもなんとなくうれしいのですが、そこへコブシまでが咲きはじめ、木蓮も満開で、枝垂れ桜や(なんと?)八重桜も一部咲いており、なんとそこへ山躑躅(の一種)も咲きはじめていて、これは一気に春が来てしまった(というか、気温的には初夏なみ)ということを強く感じました(ここで気候変動がどうのこうのといった無粋なことは言いたくありません)。もちろん、ユスラウメやユキヤナギやレンギョウも咲いているのを忘れるわけにはいけません(他にももっといろんな花が咲いているが)。こうして書いてみると、私にとって春の花見とは、けっしてソメイヨシノだけを見るだけにとどまるわけではないのでしょう。もちろん桜がメインなのですが。実はこの中で一番目についたのは、レンギョウの黄色(というか山吹色?)のあざやかです。春は特に黄色い花が多いですね。

【本篇のかんたんな説明】
さて、なぜこのような長い前置きを書いたかというと、それは、この作品が奥泉光作品にでてきたこれまでの題材をひとつにまとめて総登場させている娯楽文学になっているからです。まるで春になって一気に様々な花が咲いたかのように。本作は、例えるなら、「土曜ワイド劇場」もしくは「火曜サスペンス劇場」の三時間拡大版といったところでしょうか。とにかくおいしい要素を詰め込んでいて、奥泉の固定客だけではなく、一般の読者にも楽しめるようになっています。それでいて文学的な遊びも付け加えられて、最後まで飽きさせないものになっています。とはいえ、詰め込みすぎの感もなきにしもあらずですが。翻訳家の鴻巣友季子は毎日新聞の書評(3月25日)で、奥泉が採用した文体のことを「三人称複合多元視点文体」と呼んでいますが、しかしそんな仰々しい仕掛け名をつけなくともそれとなく理解できます。というか、視点の切り替わり時には「おっ」というでしょう。作中で事件を追うそれぞれの立場の人々が、時間と場所を越えて対話しているように読めるのですが、これなどはまさしく映像表現に親和的なものと思いました(こういう技法を何というのでしたっけ)。だから「土曜ワイド」とか「火サス」といったのです。

簡単な内容を言いますと、時代は昭和十年、ある華族のお嬢さん(笹宮惟佐子)が主人公です。彼女の友人である女性が心中事件を起こし、その事件を殺人事件として疑い、惟佐子と彼女の「おあいてさん」たる女性写真家(千代子)とが、それぞれ推理を働かせ、一方は人脈を生かして真相に迫ろうとし、一方は知り合いの新聞記者と一緒に足を使って死んだ女性の足取りを追います。この探偵小説めいたものを筋として、「二・二六事件」当日までの、当時の日本社会においてあったかもしれない裏側の一部を、可能世界的に活写していきます。

この探偵小説めいたものに付け加わる味付けは、まず独逸から来た音楽家の演奏する「ピタゴラスの天体」という奥泉作品にはお馴染みの楽曲名。そして、惟佐子の霊能力ゆえの幻視というこれまた(奥泉作品に)お馴染みの描写が、後に物語の骨格をなしますが、従来の(?)奥泉作品にみられる幻想に淫すかのような結末は訪れずに、終幕は非常にさわやかなものになっております。それからジャズや、夏目漱石『こころ』の構図の取り入れや、「松本清張の“時刻表ミステリ”へのオマージュ」(鴻巣)や、微笑ましい恋愛にBLと、もうこれでもかというほどの味付けの数々です。この中で松本清張への目配せは、奥泉本人も以前にしていた、清張作品への言及からしてそうだと思うのですが、私としては、作中の鉄道を使った捜査の模様は、作中に『新青年』が出てくるところからして、森下雨村の『白骨の処女』あたりを思い浮かべました。

本作において、特に活躍するのは(?)女性でしょう。まず主人公の惟佐子は、最初は内面があまり描かれずに、むしろ、周囲の人物が彼女に向けて自説を披歴するためのそういう空虚な入れ物として機能しているように見えて、また、そんな彼女に周りは畏怖を感じたりするのです。惟佐子は、作品途中から色んな人物と「枕を交わし」ていっては男性を翻弄し、それが女中の菊枝をおそれさせます。
一方、もう一人の女性主人公ともいえる写真家の千代子は、事件の真相を追って各地を飛び回るのですが、彼女は一貫してふつうの職業婦人といった感じで、二人のいる世界の対比も面白いです。この千代子の人物造形というか、性格などは今までの奥泉作品の女性主人公に似通ったものがあります。
この二人からしてみえるのは、男性があまり活躍しない(ように見える)ということです。惟佐子の父は非常に小人物として描かれていて(既視感)、また彼女の兄なんて、まるで役割的に去勢されたかのような感じの結末ですからねぇ。

最後に、なぜ奥泉この時代設定で本作を書いたのかということについて。作者は、松本清張のある作品から題材をうけとったというようなことを語ったそうで、また実際の事件をうまく取り入れてこの物語を仕上げていますが、では、なぜ今この現代においてこれが書かれねばならなかったのか。もちろん奥泉は戦争小説なども書いてきているので何の不思議もないのですが、作中において、連綿と続く天皇家の血への疑義が語られるのは、現代においてどういう意味合いがあるのでしょうか。私はあまり頭がよくないので、分からない。
それともうひとつ。前作『ビビビ・ビ・バップ』において、奥泉は明らかな形で稚拙な現政権批判(つまり安倍政権批判)をしていて、それが読書に水をさしました(批判すること自体は別にいいのですが)。今作はどうするのかと思いましたが、ざっと読んだところ明示的には何も記されていないようです。とはいえ、深読みしようと思えばいくらでもできそうな感じもします。夏目漱石が自身の作品の一部において政府批判を含ませたとされるように。もしそれがあるとしたのなら、誰でもが読める娯楽作品であるということを前面に出した本作は、よく出来ているといえるでしょう。

(成城比丘太郎)


-★★★☆☆
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