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★★☆☆☆

颶風の王(河崎秋子/角川文庫)途中からネタバレあり

投稿日:2023年1月29日 更新日:

  • 馬を巡る4世代の物語
  • 物語は意図的に跳ねる
  • 劇的な展開は前半だけ
  • おススメ度:★★☆☆☆

例によって、ほとんど紹介文も読まずにタイトルと文体だけで読み始めた。しかし長い話では無いのだが、中々進まない。小説を読んでいると物語が転がり始める瞬間があるが、本作は意味深な前振りがあったかと思うと、いきなり場面が変わったりして今一つ乗り切れない。タイトルにある颶風の王とは馬のことで、全編、北国の馬・道産子と人の関わりがテーマなっている。

最初はこの小説の主人公らしき捨造が北海道の開拓民に志願する様子が描かれる。地味は地味だが、実の母が正気を失っており、その理由ゆえ孫の自分が鼻つまみ者になっているというミステリ要素がある。実際、次に語られるのは母親が捨造を出産した壮絶な記録である。

(以下、核心的なネタバレになるのでご注意を)

この母親の話がかなりエグい。私が最も苦手とする展開だ。具体的に書こう。

いわゆる格差の愛というもので、庄屋の娘だった母(ミネ)が村の貧しい馬飼と恋に落ちて逢瀬を重ねるうちに、妊娠がバレて駆け落ち。途中で見つかって、馬と逃げたところを雪崩に襲われて、雪洞に閉じ込められるところからスタートする。すぐに馬の足が一本折れているのがわかる。夫は追っ手に撲殺されていることが確定している。

ああ嫌だ。この時点でもう最後は一つしかないじゃないか。妊娠中で息子(捨造)が生きている以上、彼女が死ぬ訳がない。何らかの形で生き残るに決まっている。そして、足が折れた馬は現代の競馬でも安楽死させられるように(予後不良)自重に耐えられずに、どっちみち死んでしまうのである。

このシチュエーションは子供の時、少年向け漫画で読んだ。その時は妊娠していたのは犬で、閉じ込められるのは子供だったが、最後は生まれたての子を食らう壮絶なサバイバル。誰も救われない悪魔的予定調和劇である。詳細は忘れたが、かなりのトラウマ漫画であった。

そんな漫画は知らなくても、流れに沿って読めばすぐに分かる。もちろん最初は馬(アオ)を慈しみ、自分の髪の毛を飼い葉代わりに与えるなどの交流があるが、アオに髪の毛を皮膚ごとむしり取られた辺りで暴走する。これも別の話で読んだことだが、極寒地で遭難して最後はアザラシの死体の中に隠れて難を得た話を知っている。これはそういう話である。逃れられない不幸が最初に示され、その不幸が現実に変わるのだ。私はそれでも読むことは読んだ。遭難から2ヶ月後に腐敗した馬の死骸の中から糞尿に塗れて……いや全ては書くまい。

それを捨造は気がふれて軟禁状態だった母親からの手紙で知る。彼は意を新たに未開の北海道へ向かうのであった。

それはいい。そこから波瀾万丈の開拓史が紐解かれると思っていた。ところが、ページをめくると捨造は老人になっていて、北海道で馬飼として立派に生き、孫までいるのである。そして、その孫の和子が次の主役としてフォーカスされる。この時のがっかり感は凄かった。こんな起承転結を無視して、いわば起承起で物語が続いていいのかとため息を吐いた。

しかし本の分量は2/3以上残っている。これは特殊な構造の「引っかけ」では無いかと思った。淡々と描かれる北海道での暮らしをそう考えて読み進めた。

そこに待っていたのは、またしても「予期された悲劇」であった。もちろん馬である。簡潔に書けば、昆布漁のため、無人の孤島に貸し出されていた和子の世話する馬(ワカ)を含む捨造の馬の多くが、台風の影響で島に取り残される話だ。大自然の前に人間は無力だという感じで、無慈悲に話は進み、一家は馬飼という生業を捨てて移住を余儀なくされる。

という、ようやく荒れそうな展開を期待させてページをめくると、何ということか、その和子が倒れてICUに入院していて、孫のひかりが見舞いに来ているのである。意識を取り戻した和子は「馬は?」と問いかける。

起承起承起が始まったことで、私はこの話を見誤っていたことに気づいた。後で知ったが、本作は文学のカテゴリーなのだ。娯楽的展開をしないのは当然だ。馬自体が主役なのは分かった。ではどう決着をつけるのか? それは見届けたいと思った。

私のその期待は空振りに終わる。ひかりは祖母の言った馬(ワカの子孫)を探して、先の島に渡るのだが、その過程が酷い。

大学生であるひかりは、偶然、孤島に一頭だけ生き残っている馬を知り、偶然、自分の大学に馬を研究しているサークルがあり、偶然、そのチームに参加できることになり、偶然……馬と再開して終わり。馬を助けようと思っていたひかりは、大自然の中で堂々と生きている馬と交流し、それでいいと納得する。

嗚呼、自然とはかくも厳しく美しいものであった、と。

ちょっと待て。いくら何でもそれは無い。一番長い最終節の展開が、一番雑でご都合主義、前半の生臭い展開を捨てて、環境活動家崩れのような結論に至られても納得できない。

本ブログ的な不満を述べよう。先の孤島はかなりの僻地にあり、最後はサークルの男性の先輩と二人で上陸するのだが、感情的にも肉体的にも汚れるような描写がほぼ無い(小舟でえづく程度)。苦痛がないのに快楽が感じられるわけがない。痛くも無ければ心地良くもないのは死んでる状態だ。ホラーでも文学でも何でもいいが、こういう設定にするなら、たとえ馬や自然をテーマにしていても、もっと人間の真奥が読みたいと思うのは当然だろう。

結論としてはディティールにこだわりは感じられるが、私が望む方向には話が進まないもどかしさばかりが残った。

後悔はしていない。ただ私が人にススめられるような本ではなかった。

読書も人生も出会いと別れの繰り返し。すっかり本を勧めないサイトになってしまったけど、こういった体験こそ、本を読む意味である。逆説的?

(きうら)


-★★☆☆☆
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