- 怪談と名のついているが、壮大な歴史伝奇ミステリ
- ミステリ、因果もの、悲恋もの、歴史、サスペンスが合体
- 岡本綺堂らしい、読みやすい文体
- おススメ度:★★★★☆
本の紹介にはこうある、以下引用する。
本書の要となる長篇「飛騨の怪談」は、大正2年(1913年)の初版刊行以来、なぜか一度として復刊されたことのない、幻の怪奇長篇である。飛騨山奥の僻地を舞台に、続発する猟奇事件の背後に暗躍する謎の妖怪「やまわろ」。妖艶な美女をめぐるロマンスとサスペンス。そして結末に至って明かされる、壮大にして奇想天外な歴史秘話。
まず驚かされるのは、大正2年初版という古さを感じさせない流麗な文章だ。私は以前も書いたことだが、読みやすい文章を聞かれたら、必ず岡本綺堂の名を挙げる。作家独自の癖のようなものを極力排し、物語を物語ることに徹した平易な文章は、100年以上経った現代でも色褪せることなく、昨日書きたてのように滑らかだ。同じ著者の有名なシリーズ「半七捕物帳」では、宮部みゆきが「わたしにとっては”聖典”みたいなもので、本が傷んでしまうくらいに読み返しています。」と述べているが、それだけの繰り返し読書に耐える高い技術力だ。
お話は、飛騨の田舎へ帰ってきた若き医者・市郎が、自分の里に伝わる謎の怪奇生物「山わろ」の話を父親から聞き、その正体を暴くことに興味を抱くというシーンからスタートする。その後、本の紹介にもあるようなラブロマンスとして四角関係を描きながら、サスペンスフルな展開が連続する。結構、人が死ぬシーンも多いが、そこは岡本綺堂。必要な描写はしつつ、血なまぐさくならないように上手く描いている。読者は「山わろ」の正体を想像しながらドキドキしつつ、ページをめくることになる。
後半には大オチが待っていて、中々に唸らされるものがあるが、むしろ登場人物間の細かい情のやり取りにハッとさせられる。また、律儀に伏線を回収していく姿勢は真摯で好感が持てる。怪談とは書かれているが、どちらかというと男女間の情話プラス歴史ミステリという側面が強い。正調怪談で始まりながら、それに科学的姿勢を混ぜるという姿勢はモダンホラーにも通じるものもある。
他にもお話を収録した本書はすでに廃盤になっているが、実は青空文庫で単品として読めるのでそちらの方が手に取りやすいだろう。真夏の夜に手に汗握る物語をぜひ。
(きうら)