- 天才芸術家・岡本太郎氏の自伝的エッセー
- 「人生の道を踏み外す」可能性がある怖い本
- 恋愛観などは少し退屈な所も。
- おススメ度:★★★★☆
今回は「芸術は爆発だ!」の名言や万博公園の「太陽の塔」、巨大な壁画「明日の神話」などで有名な芸術家・岡本太郎氏の自伝的エッセーを紹介。自伝なので、日ごろから手が飛んだり首が飛んだり、少なくとも誰かが死んだり怪我したりするような描写は一切ない。それでもこれは怖い本だと思う。
「この本に影響されると、人生を踏み外す危険がある」というのが理由だ。
冒頭からして「人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。僕は逆に積み減らすべきだと思う」と、来る。何だなんだと思って少し読むと「社会の分業化された枠の狭いシステムの中に自分を閉じ込め、安全に、間違いない生き方をすることが、本当であるのかどうか、…」と、展開されて「『危険な道をとる』と命を投げ出すつもりでそう誓った」と続く。
世間的にも個人的にも、岡本太郎氏は天才芸術家で間違いない。青春時代、フランスのカフェで芸術論や哲学論をその道の有名人と話したり、死後も「記念館」が立つ人間なんて、そんなに多くはない。つまりこれは「天才の思考法」であって、凡人が真似できるかというと、そうそう簡単なものではない。
しかし、である。読み進めていくうちに、この「逆の発想」がいかに大切かが「良く分かってしまう」のだ。「一理ある」と思ってしまう。そうなったら終わりだ。
「本当はやりたいが危険な道と安全だがやりたくない道があれば、間違いなく、危険な道を取るべきだ」と氏は述べる。これが受験勉強に苦しむ学生が読んだらどうなるか、ブラック企業で家族のために辛いサラリーマン生活を行っている者が読んだらどうなるか、生活か理想かに悩んでいる主婦が読んだらどうなるか……。
今の自分に満足していない全ての人間にとって、岡本太郎氏の言葉は、真っすぐに危険な道に誘うものだ。そして、満足している人間は今の日本では少ない。事実、私は過去、この本を読んで退職を決意したことがある。
そういう意味で、この本はまさに強烈な「毒」なのだ。うっかり乗せられてしまうと、何もかも投げ出したくなる。しかし、氏は「命を懸けて」それを現実にやっていた。それを忘れるとえらい目にあう。社会からはみ出して、社会で生きていける人間は少数だ。岡本太郎氏の苦労話も出てくるが、天才でも苦労するような生き方だ。
ということで、興味があれば、氏の芸術作品に興味がなくてもぜひ読んでみて欲しい。この本が「怖い本」であると思っていただけるはず。恋愛観などは少し退屈だが、名言多数、薄い本だが決して読んで損はないと思う。
ちなみに、これの表面上は真逆(に思える)本で感銘を受けたのはV・E・フランクルの「それでも人生にイエスと言う」だ。ナチスの収容所での体験を描いた感動のノンフィクション「夜と霧 新版
」の作者の本で、「生きる意味を問うのは間違っている。人生が自分に何を問うているのかが重要」という趣旨の本で、こちらは逆に「まっとうに生きる」ことの重要性を説いている。根本は同じだが、言い方はもっとソフトだ。
ホラー本の紹介を期待している方には、今回は肩透かしだと思うが、とにかく、上記三冊はホラー云々抜きにして特におススメだ。「夜と霧」などは、収容所の恐怖的描写もあるのでまた紹介したい。
(きうら)
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