- 日本一有名な変身譚(おそらく)の新訳
- グレゴール・ザムザを襲った悪夢のような境涯と、彼の明晰な自己分析
- 人間でなくなったものと、その家族との断絶
- おススメ度:★★★★★
夢から覚めたグレゴール・ザムザが虫に変身していた。誰もが出だしを知っているこの作品。昔私が読んだ高橋義孝訳(新潮文庫版)では単に「虫」となっているのだが、ドイツ在住の作家多和田葉子(wiki)翻訳による本編では「ばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」と実に長ったらしい。
「ウンゲツィーファー」である。響きがなんかコワイ。さらに「生け贄にできない云々」とあるからには「生け贄」界からの戦力外通告でしょうか。グレゴール本人がその姿になったことに「気がついた」とあるので、グレゴール自ら「ばけもののようなウンゲツィーファー」と規定したのでしょう。外見は虫なんですが。「女中」には「フンコロガシちゃん」と呼ばれてます。しかしこの虫は林檎で傷つくくらい弱いです。
訳者の多和田はタイトルを<へんしん>ではなく<かわりみ>とふりつけてます。これはどういうことか。以下私の勝手な考えでは<へんしん>だといずれ解かれるイメージがあります。魔法少女とかもそうですしね。一方<かわりみ>とは変わり身、身体がいれかわる、つまり何か別のものに生まれ変わることを示しているのではないかと思います。それは元に戻らないことを表していると受け取れます。人間をやめてどうにもならないものとして自ら生まれ変わったグレゴールと、その家族とのドタバタ劇めいた軋轢がこの作品の流れになるかなと思います。
多和田は「解説」で、グレゴールと家族との状況を現代的問題としての「介護」や「引きこもり」と絡めて述べていますが、私も今だとそう読みました。グレゴールと家族との断絶はディスコミュニケーションすぎて「引きこもり」のレベルではないと感じましたが、「介護」という読みでは、意思疎通の困難になった晩年のわが祖父との悲しい記憶がよみがえってきました。
読む人読む年代などによって、読み方が変わる、その意味でも<かわりみ>をゆるす作品です。
(成城比丘太郎)
編者注・読もうと思えば青空文庫でも読める著名な作品です(一応リンクも貼っておきます)が、論者の意志を汲んで敢えて新訳版を掲載しています。私としては両方読んで比べてみると面白いと思いますよ。虫のドイツ名の怖さは新訳の方が圧倒的に優れていると思います。
青空文庫版:「変身」カフカ(リンク)
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