- 絶海の孤島での、ミステリ的挿話。
- 読みやすい文章。
- かなしげなラスト。
- おススメ度:★★★★★
舞台は、「樺太の東海岸、オホーツク海にうかぶ絶海の孤島」である「海豹島」。時は大正元年三月、「樺太庁農林部水産課」の技師である語り手の「私」は、「膃肭獣(おっとせい―以下オットセイと表記)」の「猟獲諸設備」の完成を見届けるために、かの島に赴いた。「瘴気のような不気味な霧」が立ちこめる、雪と氷だけの荒涼とした島に降り立った「私」は、とあるアクシデントにあい、その調査のために島に残ることになる。さらに悪天候のため長逗留を余儀なくされ、島に住まう男と一頭の獣との間にまつわる、ある真相に巻き込まれることになる…。
冒頭からなされる、島に棲息するオットセイたちの、血で血を洗うような闘争の描写がすさまじい。NHKの動物特集番組のひとコマを切り取った感がある。この島に、「私」は「悲哀と不安と絶望にみちた」感覚をおぼえ、「死滅した月の表面のような冷涼たる趣き」を見る。到着時からの、島への不穏な印象は、この後「私」を待ち受ける出来事の先触れを示している。
「私」を待ち受けていたのは、島唯一の建物である「人夫小屋」の側にある、火事で焼けおちた「獣皮塩蔵所」の残骸と、五人の「屍体」のオブジェ。火事から一人生き残った、おそろしい面貌を持つ「狭山良吉」、彼が狂気的に溺愛する牝のオットセイ。「私」は小屋で、異様な雰囲気の「狭山」と、オットセイと、数日間も氷雪と嵐に閉ざされた孤島で過ごさなければならなくなる。ミステリの道具立ては揃った感じだ。
「私」は島での滞在を通じて、妄想めいた疑惑や幻覚におそわれる。この辺りはなかなかホラーっぽい。その後、いろんな物証を発見したりして、「私」の疑惑は確信へと変わっていく。最後に、真相が目の前にさらされる時の文章は、何ともなまめかしく美しい。
「私」が島にとどまらざるを得なくなったために、かなしい破局へとつながってしまった。当初は殺人事件だとは思ってないだろう。とはいえ、娘の情報は全くなかったのか。彼女の家族とかは、何ヵ月もどうしていたのか。少し疑問は残る。
少し古くさい表現もありますが、非常に読みやすく、文体も端正で、真似したくなります。久生十蘭の力量はほんと凄いです。
![]() 三省堂書店オンデマンドインプレス青空文庫POD[NextPublishing]海豹島(大活字版) |