- 村上春樹初期の短編集
- 不気味だがテーマはストレート
- 何だかんだで読んでしまう
- おススメ度:★★★☆☆
本書を読んでいて思い浮かんだのはセンス・オブ・ワンダーという単語だった。ご存知の方も多いが、これは基本的に褒め言葉であり(若干の皮肉も混じるが)他者と違う素晴らしい感性を指す(と思う)。しかしこの点が曲者で、クリエイターが意識してこれを狙うと必ず尻尾が出る。娯楽作品と開き直るのもどうかと思うが、ことさら人と違うことを強調するのもこの界隈ではカッコ悪いのだ。一般的には村上春樹はこの種の文才が有るとされていて、確かにこの本も不思議だ。
ただ、本作に流れるのは恐怖とも悲しみとも違う、何て言おうか「嫌悪感」みたいな感情が満ちていて余り愉快にはならない。後に名声を得る著者の断片のような(「やれやれ」も出てくる)ものの中にどこか厭世的なセンスを感じる。
以外、あらすじと雑感。
- 「TVピープル」
いきなり家にSONYのテレビを運んでくる怪人三人組。TVには最初何も映らない。しかも家族も職場の同僚も皆、このTVピープルが見えていないようなのだ。しかし、彼らは執拗に現れて……。
特に深く考えなくても、TVは何らかの虚しさのメタファーだと思う。著者はよほどTV嫌いなのだろう。物語としてはオチというオチはつかない=論理的な種明かしはない。これでモヤモヤするか、味のある作品と見るか、それで評価が割れる。私の場合は、沢山の意味深なサインの通り読み進めたら、別にその先に何もなかった……ような感じ。何となく投げやりな話でもある。
- 「飛行機 -あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」
タイトルが全て。ちょっとやりすぎ感もあるが、中身は安心の村上節。20歳の僕は27歳のセレブな人妻と不倫関係にある。人妻が泣くのがコトの始まるサインというのは、まあ、ちょっとどうかと思うが、二人の孤独を淡々と語られる。深いイメージがあるのだろうけど、それに立ち入る気は湧かなかった。
- 「我らの時代のフォークロア-高度資本主義前史」
フォークロアは民間伝承と最初に語られる。また、この話が実話であることも記される。基本的なストーリーラインは優等生のクラスメイト二人のカップルの恋の顛末。と言えば響きはいいが「処女性」だの「ペッティング」などが頻繁に登場する上品な男同士の下ネタ……というのは言い過ぎか。青春の輝きは元に戻せない、てなことが書かれている気がする。つまり、大人になることは「高度資本主義」なのだろう。このフレーズに響くものがあれば興味深いお話だ。いかにしてエロい話を知的に語るか? というのは著者お得意の「技」だと思う。多分、作者の経験談だ。
- 「加納クレタ」
水の音を聴くことを職業にする神がかりの女傑の姉がマルタ、出会う男という男全てに犯される建築家という設定の妹がクレタ。まあこの設定があれば、村上春樹は何としてでも読者に最後まで読ませるだろう。そして例によってよく分からないオチがあって、放り出される。著者にぶん投げられたいという読者は多いと思うので、そういう意味ではよく出来たお話だ。
- 「ゾンビ」
驚くほどシンプルな「悪夢」の話。物語の仕掛けは、夢の話の基本フォーマットに忠実。ディティールには面白味があるが、逆に言えばそこだけ。何というか、果てしない女性不信を感じる……。
- 「眠り」
突然眠られなくなって17日間を過ごす30歳の主婦の物語。眠らなくなったのは主人公が「幸せな家庭」に飽きたからだ。誰であろうと結婚生活にある時ふっと訪れる「絶望感」を不眠として描いているように思える。それにしても一度も苛立ちを感じない結婚などあるのだろうか? この小説の主人公は凄く醜い。姿ではなく心が腐ってる。その尊大な自尊心によって結果的に行き場を無くす物語なのだ。ただ、実際に不眠状態にある私からすると、この描写には納得し難いものがある。不眠への踏み込みが軽いというか。少しだけ、ネタにされた気分を味わった。
などなど、どれも比較的分かりやすい話が多く、ポケットに忍ばせて思いついたように読むスタイル向き。
正月早々、特に脈略を感じないラインナップではあるが、ホラーも読んできましょう。なぜなら、このサイトはホラー書評サイトなんですもの。
(きうら)