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★★★★☆

異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 怪物のささやき (久住 四季/メディアワークス文庫) ~ネタバレあり

投稿日:2022年10月2日 更新日:

  • ライト&ダークな作風
  • レクター博士in日本の警察
  • 単純に面白かった
  • おススメ度:★★★★☆

実は別の警察系小説を読んでいたのだが、こちらの方が面白かったので先に紹介したい。

(あらすじ/Amazon紹介文より転載)
都内で女性の連続殺人事件が発生。異様なことに死体の腹部は切り裂かれ、臓器が丸ごと欠損していた。
捜査は難航。指揮を執る皆川管理官は、所轄の新人刑事・氷膳莉花(ひぜんりか)に密命を下す。それはある青年の助言を得ること。阿良谷静(あらやしずか)──異名は怪物。犯罪心理学の若き准教授として教鞭を執る傍ら、数々の凶悪犯罪を計画。死刑判決を受けたいわくつきの人物だ。
阿良谷の鋭い分析と莉花の大胆な行動力で、二人は不気味な犯人へと迫る。最後にたどり着く驚愕の真相とは?

「女性の内臓を丸ごと抜き取る殺人」という極め付きの猟奇事件だが、実はあまりホラー的ではない。本作の作風は、ネタはダークだがテキストは軽快で読みやすいのだ。ただ、多数の犯罪に加担していたという死刑囚・阿良谷静(あらやしずか)の立ち位置は完全にハンニバル・レクターそのもので、話の展開も含め、この存在を受け入れられるかどうかで評価が変わると思う。

トマス・ハリス原作、ジョナサン・デミ監督の「羊たちの沈黙」は確かに大ヒットしたが、1991年の映画(小説は1988年)なので、20年の時を経てその内容を借りても気にならない人が多いのではないか。著者も作中に「羊」「スケープゴート」などの単語を入れるなど、むしろ積極的なリスペクト作品としているように思える。

私は気にしなかったので、思った以上に楽しく読めた。この手の小説でアタリを引くのは難しいが、本作は久しぶりの娯楽感があった。愚にもつかない英語の勉強を中断して探したという情けない事情もあるが……。

(以下ネタバレ)

物語のフォーマット自体は本当にステレオタイプ(類型的)。過去を背負った女性の新米警官、それを庇護する先輩、警察内部の派閥闘争、主題は極めつけの猟奇事件。これに上記の「死刑判決を受けた天才犯罪学者」を加えると、まんま「羊たちの沈黙」になるのでは。主人公の過去を問う下りも同じ。

とはいえ、私が評価したいのはレクター博士の翻案である阿良谷静の造形に成功していることだ。ちゃんと魅力的な人物として描かれている。対して、氷膳莉花も良くある天然系新米刑事だが、幼少時の両親殺害事件の生き残りで「不幸を感じていない」というオリジナルティがある。主人公が女性で、相手が猟奇殺人犯となると自然に緊張感が成り立つ。本作はこの流れに逆らっていないのがいい。

被害者の身元すらわからない難事件→女性刑事が非合法に死刑囚にアドバイスを求める→事件解決、というフォーマットを3回繰り返す内容なので、先はすぐに読めてしまうが、読んでいる間は退屈しない。楽しんでもらいたいという著者のエンターテイナーとしてのプロ意識を感じた。

ホラー要素はどうか。体内の内臓全てを抜き取るという事件は、単純なレイプ事件、人体欠損、カニバリズムに比べてオリジナルティがある。とはいえ、本作はあくまでテーマはダークだが、作風はライトだ。必要以上にその残虐行為を描写したりはしない。そのため、そこそこの背徳感を味わいつつ、表面上は女性刑事・氷膳の視点でサスペンスを楽しめる。もっとも、改めて考えると彼女がとんでもないハイスペックな能力を持っていることが分かる。

構成的には一つの事件を、起承、転、結の3つに分割したことによってスピード感が上がっている。もう少し重厚な内容が好みの方も多いと思うが、これくらいが読みやすいような気もする。

総合的に警察小説・サスペンス・ミステリ・ホラーの長所をまとめたような内容で、本ブログ的には、特にあまり残酷描写に耐性のないようなホラー入門者向けの位置づけとなるが、非常に面白い小説だった。続きが気にある本が常にあるというのは、人生の喜びである。

作品のテーマ・構造自体が「羊たちの沈黙」をトレースしているというオリジナルティの欠如を除けば、近年でも楽しい読書体験であった。どのジャンルも極めていないが、リラックスして読む小説としては最適では。今回は素直におすすめしたい。続編も読むつもりだ。

余談になるが、古い人には武田鉄矢主演の映画「刑事物語」の片山刑事の女性版のような雰囲気を感じるかも知れない。ラストで飛ばされるところでちょっと、笑った。

(きうら)


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