★★★★☆

夏の花(原民喜/集英社文庫<青空文庫>) ~紹介と感想、軽いネタばれ

投稿日:2017年8月2日 更新日:

  • 「壊滅」の予感を三人称で書く。
  • 「私」が妻の墓に供えた花と、その後の惨禍と。
  • 「廃墟」になった街を歩き回る「私」。
  • おススメ度:★★★★☆

この集英社文庫版には、『夏の花』三部作が収められています。ちなみに青空文庫でも、これらの三作は読むことができます。それぞれ特徴のある作品です。一つずつ紹介していきたいと思います。

最初の「壊滅の序曲」は、冒頭の部分で、ある「旅人」が、広島に住む友人へと手紙を送り、立ち去るところからはじまります。その手紙には、おそろしい悲劇の予兆が書かれていたのでしょう。受けとった友人は、その手紙の中の「ある戦慄」を思い浮かべます。この箇所は導入部となっていて短いのですが、ある象徴として、この一編をあらわしています。本編の主人公である「正三」は、実家のある広島に帰ってきました。全体に、実家の工場をめぐる戦時下の日常やら、町の人々の不安などが、緊迫感をもって描かれています。タイトル通り、不穏な空気が作品から伝わってきます。この頃はまだ原子爆弾の知識もなく、ただ本土決戦の時に、この地がその「牙城」になるだろうという不安を抱いているだけです。もちろん、「正三」ほかの人物は原爆の威力など想像の埒外ですが、広島の在りし日の情景を詩的に描いたところや、書かれた人物はそのことを知らなくとも、広島の人々のその後を(作者や読者は)知っているという前提に立って読むと、その差がこの一編に奥行きを与えているように思えます。

表題作の「夏の花」は、この中でも一番短いですが、密度の濃いものです。「私」が厠の中にいるときに原爆の投下に遭い、頭から血を流した「私」は「全裸体」だったので、慌てて着る物を身につけると屋外に飛び出します。もちろん、何が起こったかまだ分かりませんが、「惨劇の舞台の中に立っているような気持ち」で、「遂に来たるべきものが、来た」と、最初はおそらく大空襲に遭ったと思ったことが示唆されます。その後、火の手に包まれる街をかいくぐり、川へと向かうのですが、その途中には光線によって大火傷を負った人々の姿など、凄惨な光景が待っていたのです。河原の地獄のような光景に過去のその場の光景などをだぶらせたりします。それから見るものは、「精密巧緻な方法で実現された新地獄に違いなく」、人間の屍体なども「何か模型的な機械的なものに置換えられている」というように、たんたんとした惨状のレポートのようで、幾枚かの絵画を見るような感じもします。しかし、避難途中に自分の甥の変わり果てた姿を見つけるシーンは、「涙も乾きはてた遭遇」とあるものの、読んでいる方は胸が裂けるような気持ちに襲われます。この一編は小説というより記録のような感じです。

「廃墟から」は、様々な「いくつも転がっている」悲劇を描いたものです。大火傷を負った人たち、被爆した人たちの、原爆投下後の呻吟が描かれます。また、「私」の脳裏には、8月6日前にあった知り合いとのやり取りや、在りし日の姿が浮かび、その後の(おそらく助かってはいない)運命をも想像裏に重ねます。そうすることで、この一編には深みがあるように思います。「私」は、廃墟と化した広島の街を、親戚のもとを訪ねるために歩きまわるのですが、そこで悲劇に苦しむ人々の姿に出会うのです。

(成城比丘太郎)



(集英社文庫)

-★★★★☆
-,

執筆者:

関連記事

異次元を覗く家(ウィリアム・ホープ・ホジスン[著]・荒俣宏[訳]/ナイトランド叢書)

ある廃墟から発見された手稿。 謎の<窖(ピット)>から出現する化け物。 とらえどころのないスケールのでかさ。 おススメ度:★★★★☆ アイルランド西部クライテンという、小さな村に滞在することになった、 …

ファントム〈上〉 (ディーン・R・クーンツ (著) 大久保寛 (翻訳)/ハヤカワ文庫) ~あらましと感想

500人の住人が一瞬で消えた謎に挑むホラーサスペンス 美しい姉妹が主人公、個性的な脇役多数 見たいものは全て見せる正にペーパーバックスタイル おススメ度:★★★★☆ 先日紹介した「ホラー小説大全」でも …

献灯使(多和田葉子/講談社)

読後感に何も残らない。 ディストピア風だが、ちゃちな感じしかしない。 なぜこんなものを著したのだろうか。 おススメ度:★★☆☆☆ (あらすじ)何らかの「災厄」に見舞われた後、鎖国状態の日本で、死を奪わ …

大長編ドラえもん (Vol.5) のび太の魔界大冒険 (藤子・F・不二雄/てんとう虫コミックス)

ドラえもん中ホラーと言える演出とアイデア 特に前半の描写が素晴らしい 小ネタも満載。大人も楽しめるSFファンタジー劇 おすすめ度:★★★★☆ 僭越ながら、巨匠と呼ばれる漫画家にも旬の時期というものがあ …

妖怪ハンター 1 地の巻(諸星大二郎/ヤングジャンプコミックス) ~あらましと感想

独自の世界観と画風のホラー漫画 民俗学的知識が下敷きになっている ホラーにとどまらない深みのあるストーリー おススメ度:★★★★☆ かの「漫画の神様」手塚治虫が「僕は誰の絵もまねて書くことができるが、 …

アーカイブ