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★★★☆☆

クリーピー (前川裕/光文社文庫) ネタバレあり

投稿日:2021年6月7日 更新日:

  • 「不気味な隣人」がテーマ
  • 途中までは傑作感がある
  • 期待と落胆
  • おススメ度:★★★☆☆

タイトルの意味は本書の冒頭で、

creepy (恐怖のために)ぞっと身の毛がよだつような; 気味の悪い(『小学館ランダムハウス英和大辞典』第一版)

と、紹介されている。概ねそんな内容であるが、今一つその不気味さに欠ける。

導入部はこんな感じ。

中年の犯罪心理学者の教授。妻と二人暮らしで子供はいない。ある夜、帰宅途中に警察に呼び止められる。近くで中学生への暴行未遂事件があったからだ。もちろん、彼は無実だが、家に着いた時、隣家に住む西野という中年男とその件で話しかけられる。彼は金縁眼鏡と口髭がトレードマークの感じのいい男……に見えた。

以下、ネタバレありの感想。

この冒頭にこの出だし、まさにこの男こそ「気味の悪い」男であると最初から明かされており、犯人探しを期待した読者は拍子抜けするだろう。私はホラー・サスペンスのつもりで読んでいたので、こんなものかな、という感想だった。その後、同級生だったという警視庁の刑事と出会い、過去の一家失踪事件と隣家の異変が並行して語られていく。

中盤までは、不気味な男が期待通りの行動を取り、主人公の教授の周りでは不穏な動きがあり、刑事の死と男の失踪で一つのクライマックスを迎える。

私は中盤までは確実に楽しく読んでいた。もっとも、教授がゼミ生の美人と浮気数歩手前という行動を取ったりするので、微妙に感情移入できない。この流れは後半の伏線でもあるが、この生臭い設定はいらない。いっそ浮気していてくれた方がスッキリするようなもどかしいやり取りなのだ。彼の妻に欠点が無いだけに余計にその感が強い。刑事も女癖が悪かったり、借金が酷かったり、かなり素行が悪く、純粋にこの二人の関係に乗れないのは残念だ。それも当然で、かなり強引などんでん返しが用意されている。話が広がっていく分には面白いが、それをあらぬ方向に畳もうと意図すると、細部が軋む気がする。

特にマインドコントロールによる他人の家族の乗っ取りというテーマに対して、ディテールが不足していると感じた。犯罪心理学の教授なのだから、その手の類似事件は幾らでも挙げられるはずだが、二、三の事件を仄めかす程度で犯人に翻弄され続ける。酷いことを言えば、ゼミ生に下心ありありのただの無能なオッサンにしか見えず、犯罪心理学者でなくても良かったと思える。重箱の隅を突けば、クラシック音楽も素材として扱われているが、著者が余り詳しく無いのがよく分かった。ショパンしか名前が出ないのは悲しい。

さらにマインドコントロールの結果は示されるのだが、その過程はほとんど明らかにされない。犯人は異常者という設定はわかるのだが「中学生の娘に執着する」という犯人の設定の割に、実際に娘との直接的な暴行などは明かされず、仄めかされるだけ。明らかに性暴力が絡んだ事件だが、極めて意識的にその描写を避けている。肝心の「悪の天才」と言われる犯人の残酷性がぼやけてるので、後半のどんでん返しも霞んでしまった。

もちろん、何が何でも残酷描写を読みたい訳では無いのだが、ここまで書いたら、マインドコントロールと虐待の様子にも触れないと不自然だ。逆に言えばテーマの割にマイルドな描写で、むしろ、結末の意外さを楽しんで欲しいというメッセージにも思える。

ただ、私は恐ろしい雷の落ちる光と音が聞きたかったし、確かに遠雷は聞こえた。しかし、それは曇り空のまま、終わってしまった。ホラー好きとしてスッキリしないのはそのせいだと思う。障害者の人権というようなテーマも扱っていながら、とにかく踏み込みが足りない。物足りない。

簡単に言えば好みの問題で、主人公の年が私ともっと違えば、違う見かたをしただろう。最後まで読めたが、どこまでも微妙に合わなかったな、という感想。そしてこの感想自体、多分、余りすっきりしていない。そんなお話だった。

(きうら)


-★★★☆☆
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