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評価不能

図書館島(ソフィア・サマター、市田泉〔訳〕/東京創元社)

投稿日:2018年2月20日 更新日:

  • 《ものがたり》が織りなす物語。
  • 「<文字>」による秩序と、「<声>」のもつ豊饒さとの角逐。
  • 病に冒された人の話ともいえる。
  • おススメ度:評価不能

【おことわり】
著者のソフィア・サマターは、本書が初長篇のようで、これで「世界幻想文学大賞」と「英国幻想文学大賞」を受賞したようです。著者の経歴をみるに、その複雑さ(?)がこの『図書館島』にも色濃く出ているような気がしました。とくに世界観や言語の多様性などにあらわれているようです。読みはじめて、これは『指輪物語』や『ゲド戦記』に通じるファンタジー(ハイファンタジー系)だなと思ったら、「訳者あとがき」に、著者に影響を与えたファンタジー作家として、「トールキンやル・グウィン、マーヴィン・ピーク」の名があげられていました。マーヴィン・ピークは読んだことがないので分りませんが、だいたいそんな世界の物語でしょう。「でしょう」というわけは、実は本作途中までは非常に楽しく読めたのですが、物語が後半に入ると、段段個人的に読むのにだらけてしまい、あとは惰性で読み終えたからです。後半の内容は頭に入ってきても、心に(?)は入ってこなかったからです。面白くないわけではないのですが、おそらく重要だと思われる後半部分に関しては、評価についてなんとも言いようがないのです。申し訳ござりませぬが、そういうわけですので、おススメ度は保留とさせていただきます。

【あらすじ】
本作の舞台はオロンドリア帝国というノーウェアーの地。主人公のジェヴィックは、本書に載せられている地図では帝国の南西に位置する「紅茶諸島」という場所に住んでいました。そこから物語がはじまります。この物語自体が書かれたものなのか口伝であるのかは、本作を読んだ限り分かりません(おそらく)。紅茶諸島のある一つの島にある農園の息子であったジェヴィックは、ルンレというオロンドリア人教師から読み書きを教わり(その島には文字がなかった)、「本」に書かれた《ものがたり》を知ります。それがジェヴィックに「魔法」のような効果を与えるのです。文字を知るというよろこびとともに、コトバと一致した文字で書かれた《ものがたり》があるという事実が「魔法」とされたのでしょうか。ここには、無文字社会への文字文明の侵略といったようなものはないようです。

やがてあることをきっかけに、彼はオロンドリアとの交易のため、船に乗り島の外へと向かうことになります。その船でジェヴィックは、不治の病を背負った少女ジザヴェトと知り合うのですが、この彼女こそジェヴィックの行末を告げる、物語を通じての、ある意味神聖な桎梏となるかのようです。文字を知らなかった若者が、文字と《ものがたり》(本)を知り、それにとりつかれ、また自らが《ものがたる》行為を通じて、秘められた世界に参与していくことになる物語といえます。彼を待ち受けているのは、「<石>の教団」と「女神アヴァレイ」を信仰するものたちとの戦いでした……

【世界観など】
とにかくこの物語を彩るのは《ものがたり》そのものです。その多くは文字によって書き記された《ものがたり》ですが、それらがジェヴィックのオロンドリアへの関与とともに言及され、あたかも本書が、《ものがたり》が形作る物語であり、また、その《ものがたり》群から抽出されたイメージのパッチワークであるかのごとく思われます。著者は『千夜一夜物語』を参考にしたそうで、なるほどそのようだなぁと思います。読者である私たちがここに見るのは、ジェヴィックがはじめに「本」を手にし、それからオロンドリア帝国の首都ベインへと到った時からのちの、彼とともに《ものがたり》を通じてこの世界を知っていく物語構造なのです。

それから目につくのは、ジェヴィックがはじめに到着したベインという、世界の中心ともいうべき街の、殷賑を極めたかのような繁栄ぶりです。ベインの街並みを歩くジェヴィックとともに感じるのは、そこら辺りを流れる匂いの多様さでしょう。街の空気のにおいや、人のにおいや、花のにおいや、もののにおいなどが、効果的に描写されていて、その辺りはよいですね。文字から喚起される嗅いだことのないはずの匂いに、いい意味で酔えそうな感じです。そして、何といってもハイライトは、「娼婦のまつり、盗人の祭り」と呼ばれる「<鳥の祭り>」でしょう。ベインを知るにはこれに限る、と言われる祭りです。そこでは男女のパレードが行われ、人々の恍惚とした表情、若さの奔流と陶酔、音楽と狂騒に満ちていて、このアヴァレイの祭りに、周りの反対を押し切って参加したジェヴィックは、この祭りの後に宿命づけられた物語に自ら溶け込んでいくのです。

【おわりに】
この物語には、著者自らが構築した様々な用語が頻出して、そこが魅力ともなっています。ちなみに、訳者による用語解説も巻末についています。私としては、アヴァレイ教団により「聖人」とされたジェヴィックが、「<石>の教団」により「精神疾患」と見做されるというところが興味深いです。
また、後半を惰性で読んだと言いましたが、その終わり近くにある静謐さみたいなものはよかったです。
著者は本書の執筆と手直しに合計12年もかけたそうで、また、訳者が訳するにあたっても相当の苦労をしたようで、そうした労力の血潮も(?)感じとれる作品になっている印象です。

(成城比丘太郎)


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