- 平易な文章と、密度の濃い内容。
- ある役目を生得的に背負った人物たちの、閉塞的な世界。
- この紹介文の後半はネタバレ混じりです。
- おススメ度:★★★★☆
【ネタバレ抜きのあらすじ】
本書の主人公、というか、語り手は「キャシー・H」です。彼女が「介護人」という仕事をしているという自己紹介から物語がはじまります。キャシーが普段世話をしている「提供者」たちの出身地〔のひとつ〕である「ヘールシャム」という施設へと、彼女の回想は及んでいくことになります。そこではだいたい16歳くらいまでの男女が共同生活をしているようで、彼女らは「保護官」による何らかの教育を受け、スポーツをしたり、芸術活動(絵を描いたり詩をよんだり)に勤しんだりしています。一体彼女たちが何のためにヘールシャムで暮らしているのかは、作品途中までは明らかにされません。この隠された謎〔?〕を解きほぐすように、読者に真相を明かしてくるキャシーの語りが、本作品がもつひとつのすぐれた特徴です。キャシーの口吻は、大変な境涯なのにどこか淡々としていて、だからこそ失ってしまった過去や、できなかったことへの軽い後悔が、人間的な尺度をもつ感動にしずかに彩られます。本書は、こうしたある境遇に置かれたひとたちの(ある意味)閉じられた世界を描こうとした、ひとつの実験とも読めます。とくにあらすじというものはないので、ここまでのあらすじ紹介を読んでいただいて、ネタバレなしに読みたいという方には、ここでページを閉じていただいて実際に読んでもらった方が良いかもしれません。
【インタールード的感想(イメージ)】
枯葉がなぜ赤く黄色く色づいているのか知っていますか、と問われたとしても、まだ若葉のままのわたしにはそのことの本当の意味を答えられませんでした。しかし、それを知っていたとしてもどうしようもなかったでしょう。あとになって色んな人に尋ねたのですが、ある人は経験を貯めたからだといい、ある人は夢を見過ぎたからだといいました。なぜ、夢を見ると枝から葉が落ちるようになるのか知りませんが、そう話してくれた人は、夢を見ることが他者のもつイメージを益することに繋がるからだといいました。わたしたちの見る夢が実は他の人たちの夢を形作ることになるということを、もしかしたらすでに知っていたかもしれません。やがて、樹木も朽ちていくということをも。葉の一枚一枚にはたしてそれを嘆くだけの意識がうまれるのでしょうか。
【ネタバレ混じりの感想】
キャシーをはじめ、ヘールシャムで過ごした彼女たちは、将来「提供者」として望むものたちに、臓器提供を行うべくつくられた存在(クローン)なのです。本作で、そのことをキャシーがそれとなく明かすのを、読者〔である〕私は、あまりにも平然とした彼女の語りに、最初読んだ時には驚きというよりも、なぜだか予感していたことだと事後的に受けとりました。キャシーの回想という形で話が進むので、そのような受けとりになったのでしょうか。それとも語りの時点ですべてを知悉しているキャシーに寄り添うからこそ、そう受けとったのでしょうか。だからでしょうか、魂を揺さぶるというような大袈裟な感動といったものはありませんでした(感動の感度が鈍っただけかも)。
本作品で語られるクローンたちの行末は、(純粋な?)人間たちとかぶることがないと見做されるために、結果的には変えることができないものです。ここには様々なものが読みとれるでしょう。クローン人間の実存とか、彼女らには人間のような「魂」や自由意志や意識がうまれるのか、などなど。まあそれも興味深いですが、私としては、キャシーたちの間にみられる友情や性愛関係も興味深くはあります。彼女たちはふつうの若者たちとおなじように(友情・愛情)関係を結びますが、クローンであるがために(?)、その実状がときに歪に描かれているような気がします。これはまあ錯覚かもしれませんが、こうした特殊な設定を構築することにより、見えてくることはあります。それは何かというと、ふつうの愛情関係では隠されているような、愛の〔有り様の〕ひとつの極北を描こうとしたのではないかということです。こうしたものを描くために要請されたのが、近未来SFの形をかりた(友情的)恋愛小説だったのでは、というように読むことができました。
(成城比丘太郎)