- 水木しげるの実録戦記マンガ
- 淡々とした作風の中に戦慄
- 素晴らしい一コマにハッとする
- おすすめ度:★★★☆☆
ゲゲゲの鬼太郎などで著名な漫画家・水木しげるが従軍した南方戦線のニューブリテン島での、日本兵500名に対する玉砕命令の前後の状況を描いた実録戦争漫画。後半はややフィクションも入るので完全なノンフィクションではないものの、第2次世界大戦の南方戦線での日本兵たちの悲惨な顛末を知ることができる。
最近もアニメが製作されていたので、水木しげる=ゲゲゲの鬼太郎という印象が強い。この漫画も、鬼太郎などにも見られる著者特有のひょうひょうとしたユーモアを持っており、ひたすらに悲惨な世界を描いているという印象がない。というか、直接的な戦闘描写はほとんど避けられているといっていい。主なテーマは「日本兵の日常」で、軍隊内での不条理な上下関係、無意味な玉砕命令、それを実行させようとする上官の精神、飢餓やマラリアなどによって追い詰められていく様子が淡々と描かれる。
私は正直、もっとグロテスクな作品だと思っていたので、その点については拍子抜けした。ホラー的な観点で見ても、恐怖を感じる前にユーモアを感じるだろう。しかし、そのユーモアの下にある狂気と不条理、不気味な日常は、読者にとんでもない「居心地の悪さ」を与えてくれる。目の前に死が当たり前に転がっているヒトビトの乾いた(しかし深い)絶望感が表現されている。
フィクションというのは、漫画では本当に総員玉砕だが、実際は生き残りがいたことを著者自身が明かしている。私の知る限り、水木しげるは終始戦争については批判的であった。自らも生死をさ迷った戦争というものを、時代が変わっても批判し続けていたように思える。前回に書いた「大量虐殺をする幽霊はいないが、戦争は大量の人間を殺す」という視点で見れば、作中のユーモアがいかに「笑えない話」かが見えてくる作品である。
時折、とんでもなく精緻な一コマが描かれることがあるが、そのグラフィックスセンスは水木しげるの画力高さを物語るもので、しばらく見とれてしまうほど素晴らしいものであった。これらの無言のコマ割りに独特の迫力があった。
ほかに「白い旗」「敗走記」という二つの短編も収録。これも作風は同じである。
その、敗走記のラスト
ぼくは、雨がふるたびに
いまわしいこの南方戦線の
ことを思い出す。
「戦争は、人間を悪魔にす
る。戦争をこの地上からな
くさないかぎり、地上は
天国になりえない……」と。
と、書かれていて印象深い。単純な述懐であるが、こう思って帰ってきた日本人は当時たくさんいただろう。
しかし、今はどうだ? 著者の深いため息しか聞こえてこない気がする。
(きうら)