- コミカルで絶妙に残酷
- ミステリ、サスペンス、ギャグ、シリアスの割合が絶妙
- 全ネズミ王国に対するアッパー
- おススメ度:★★★★★
アニメではあるが、まともに作品を紹介するのは久しぶりだ。サブスクリプションのおかげでたくさんのアニメを見ることができるが、直接的・間接的は別にして、美少女・美少年を扱った作品がほとんどである。それはそうだろう。今のアニメを楽しむ世代は同世代の若者や可愛いキャラクターを愛するオッサン(オバサン)が中心なのだから、その不文律を破るのはリスクしかない。
ポプテピピックのようなシュールさを追求したという訳でもなく、お世辞にも可愛いとは言えないセイウチの姿をしたタクシー運転手の中年男性を主役にするのは思っている以上にリスキーだっただろう。私はどんなにその作品の評判が良くても「萌え」に媚びた作品は大嫌いだ。例えば馬娘も頭では理解できるが(実際、シーズン1は馬鹿アニメとして見た)鼻につくデザインや設定を許容できるほど余裕がない。それでもガルパンなど不意に陥穽に陥ることもあるが、それは例外。基本、かわいさを売りにしているアニメを憎んでいる。じゃあジブリはどうなんだと言われると困るが、あれは感性が確立する前に、いや、感性を破壊して「かわいい」を押し込んできた。「アナ雪」も「君の名は。」も1分も正視できないくらい合わない。見たくない。
(あらすじ/紹介文より転載)平凡な毎日を送るタクシー運転手・小戸川。身寄りはなく、他人とあまり関わらない、少し偏屈で無口な変わり者。趣味は寝る前に聞く落語と仕事中に聞くラジオ。一応、友人と呼べるのはかかりつけでもある医者の剛力と、高校からの同級生、柿花ぐらい。彼が運ぶのは、どこかクセのある客ばかり。バズりたくてしょうがない大学生・樺沢、何かを隠す看護師・白川、いまいち売れない芸人コンビ・ホモサピエンス、街のゴロツキ・ドブ、売出し中のアイドル・ミステリーキッス…何でも無いはずの人々の会話は、やがて失踪した1人の少女へと繋がっていく。
登場人物全員が動物の姿をしている。私は初見であの「名探偵ホームズ」を思い出した。宮崎駿が6話だけ関わった伝説のアニメーションである。登場人物が全員「犬」であるが、それについて特に言及はない。それと似た柔らかいタッチを感じた。しかし、物語は終始ハードである。見た目はまるでネズミーランドであるが、あのユニバースが持っている理想とはかけ離れた、絶対に分かり合えない世界を舞台にした残酷なアニメだ。全13話を見終わって思うが、誰一人幸せになっていない。実は分かり合っていない。それでも、そんなざらざらした世界で生きていく不器用なキャラクターに妙に愛着が湧く良作だ。
その理由は明白で、脚本がいい。OPアニメから最後のエンディングまで、何度リテイクされたか分からない緻密なストーリー進行を見せる。伏線は回収するのが当たり前だ。しかし度を超すとウザイ。このアニメはそれをギリギリのラインでクリアしていく。
それについては主人公とヒロインとなる通院先の白川さんの関係が最も顕著だろう。二人とも互いを悪く思っていないが、片方はコンプレックス、片方は個人的な事情で近づいたり離れたりする。そのやり取りはコミカルで、とても切ない。ラストでも二人は分かりあっていないのが分かる。絶対に交わるはずがない地平性を理解して作成されているのが泣ける。ダーリン・イン・ザ・フランキスやエヴァンゲリオンのような「最後はリアルな愛で融合」は分かりやすいが、嘘くさい。白川さんはアルカパをモデルにしていてとてもかわいい。これが健全な萌えであろう。登場人物全員を「美少女・少年」にしてしまうのは大トロしか出てこない寿司屋みたいなものだ。それでもいいかも知れないが、私は胸焼けして食べられない。
この作品の特筆すべき部分は、悪役に愛嬌があるところだろう。サイコパスもたいがいにしろ、的なキャラが登場するが、みんな実は何かに弱い。一応の悪役ドブやヤノ、大門兄、田中ですら、弱点があって妙にやさしい。一方で女性関係はかなりダークだ。何気ない描写であるが、誰一人互いを信頼していない。この辺が心を刺激する。
現場労働者の柿花(中年おさる)が婚活サイトでアイドルの美人局に引っかかるシーンはある意味リアルで泣ける。俺もこんなもんだ。見た目は動物アニメだが人間の愛憎を目いっぱい詰め込んだ業の深い仕上がりである。
大落ちはそれほど斬新なものではないが、それでも新鮮な驚きを感じた。そこから逆算するとあちこちにネタバレが散りばめられていて、3回ぐらいは繰り返し楽しめる。
画面に映っているシーンのほとんどに大事な意味がある。油断できない。しかし、例えば白川さんとドブが肉体関係にあったかどうかなど、本当に生臭い部分はカットしてある。十分綺麗な世界なのである。主に騙されるのがオッサンの方と言うのがいいのかも知れない。
オープニングのテーマ曲のすばらしさには感動を禁じ得ない。このアニメのためのテーマである。AppleMusicにこの曲を入れて単体で聞いている。ロングバージョンには「このアニメ参照」というリリックがある。ガチだ。
総じてアニメファン以外が見ても楽しめる奥の深い作品だ。アニメ特有の軽快さもある。
たまには呪術で新宿がめっちゃめちゃになるとか、異世界で無双するとか、可愛い女の子の絵を見て性的に興奮することは忘れて、こんな地に足のついた物語を楽しんでみないか?
(きうら)