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まっぷたつの子爵(カルヴィーノ/岩波文庫) ~あらましと感想、ネタバレあり

投稿日:2017年6月16日 更新日:

  • カルヴィーノ作品中屈指の読みやすさ。でもちょっと残酷。
  • 身体が半分に引き裂かれた子爵の物語(寓話)。
  • 老若男女すべての人向けで、感想文の対象に最適。
  • おススメ度:★★★★★

(あらすじ)語り手の「ぼく」の叔父である「テッラルバのメダルド子爵」は、トルコとの戦争のため、キリスト教側への加勢として、ボヘミアに向かいました。そこでメダルドは中尉になり、トルコ軍と戦うのですが、トルコ側の放った大砲にあたり、身体が「まっぷたつ」にされてしまいます。子爵の引き裂かれた右半分は生き残って、自らの領地である「テッラルバ」へと帰還します。住民は、右半分だけになった子爵に驚きながら、彼を迎えますが、さらに驚くことが起こります。その右半分はメダルドの悪い部分だけを体現したのもので、やがて、その右半分の悪事は、住民に混乱とかなしみをもたらします。メダルドの災禍に見舞われている「テッラルバ」に、しばらくして、メダルドの左半分が戻ってくるのですが…。

メダルドが戦場に向かったのは、「叔父」が「まだ血気さかんの若者」で、「あらゆる感情が一度に噴き出して、善悪の区別もつかない年ごろだった」。人や馬の死体に満ちた、戦場のすさまじい様子が、メダルドの善悪の判別に何かしら影響を与えたのでしょうか。

「テッラルバ」に帰還した右半分(後に、「悪半」と呼ばれる)は、まず土地の動物や植物を片っ端からまっぷたつにしていき、その後住民にも悪事を働いていきます。「ぼく」に毒キノコを渡したり、裁判で何十人も「縛り首」にしたりと、暴れまわります。特に、大工の「ピエトロキョート親方」は処刑台を造らされたり、人を苦しめる「拷問道具」を造らされたりと、悲惨な目に遭います。この親方は、命令によって、いわば殺人に間接的に手を貸すわけですが、このようなことは、歴史上にあったのではないでしょうか。

作品の前半部分では、悪の凝集体であるメダルドの右半分(「悪半」)が、まるで死神のように、疫病のように、馬に乗って駆けまわります。メダルドは目につく生物をまっぷたつにしていくのですが、それはなぜかというと、そうすることによって「無知で鈍い完全さから抜け出」すことができる、つまり半分になることによって、「ふつうの完全な知恵ではわからないことが」わかるようになるからだ、と「ぼく」に語るのです。メダルドは、その理由を、「なぜなら美も、知恵も、正義も、みな断片でしか存在しないからだ」というのです。完全であった時にはわからなかったこと、それはなんでしょうか。半身になったこと――ここでは悪と善にわかれたことですが、その結果「悪半」という純粋な存在になったことによって、いかなる純粋な観念も、断片でしか存在できないと、彼は気づいたということでしょうか。

その「悪半」に蹂躙されつつある「テッラルバ」に帰ってくるのが、戦場に残されたメダルドの左半分です。これは、「善半」と呼ばれ、「悪半」とは正反対に、住民に自ら《善》と信じる行いを施します。「善半」は、善いというより、慈悲深いかんじで住民に接するのですが、やがて「善半」の善の規範にそぐわないものがあらわれると、そのものを説教し、矯正しようとするのです。善の押し売りがはじまったかんじです。「悪半」ともども、「善半」にも辟易するものがあらわれるのです。「非人間的な悪徳と、同じくらいに非人間的な美徳」といわれるように、両者ともに極端な純粋化は、「完全」な人間にとっては迷惑なものでしかないのです。

この作品にあらわれる悪と善とは何でしょうか。ふだん私たちは、悪と善とは截然と分かれていて、それぞれ絶対的なものでもあると思いがちですが、そうなのでしょうか。「善のイデア」なるものが、本当にあるか知りませんが、私たちは、善悪が場合によっては、相対的なものでもあることを知っています。だとすると、前者と後者とでは、性質が違うのでしょうか。まあ、私はよくわかりませんが、作品の最後で、ある女性をめぐって、「悪半」と「善半」とが決闘した結果(実際に読んで確かめてください)を見るに、私たち普通の人間は悪と善との両方混じったものとして、時に引き裂かれるように生きるのが本分なのではと思われます。

ところで、本作品には、個性的な人物や集団がたくさん登場します。その中の一つに「癩(らい)患者」の集団があるのですが、なぜハンセン病と書かずに「癩」としているのか、その説明は本書のどこにもありません。まあ、どうでもいいかもしれませんが、読む際には一応気を付けてください。

(成城比丘太郎)



まっぷたつの子爵 (岩波文庫) [ イタロ・カルヴィーノ ]

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