- 心理学的「エセ科学」を真面目に検証・解説
- やや専門的で難解な描写もあるが、科学読み物として面白い
- テーマに興味が有ればおススメの一冊
- おススメ度:★★★★☆
この本に興味を持ったのは、自分のこの手の「オカルト実話」に対するスタンスの変化があるので、余計かも知れないが、少し自分語りをしてみたい。
私は思春期まではたぶん、バリバリのオカルト信奉者だったと思う。幽霊も信じていたし、ピラミッドパワーや念力なども真面目に実践しようとした、今でいう黒歴史がある。その片鱗は過去に「呪いの恐怖」「念力」という本を買っている点にも現れている。しかし、その後、高校生にもなると、厭世的でシニカルな思考(つまりヒネた)と共に、今度はそういったものを一切否定するようになった。だからと言って、わざわざ夜中に墓場に行ったりはしなかったが、唯物論的な立場だった。それら二つを合理的に統合してくれたのが、「姑獲鳥の夏」で、呪文の科学的な構造の解説によって、ようやく世界の約束ごとを理解することができた。つまり、霊や呪いは「存在」するが、オカルトや超科学的な存在ではないという解釈である。以来、怪しいエセ科学やオカルト話を聞くたびに、その構造に興味を持つことになった。その辺をより通俗的に解説した「謎解き 超常現象2」という本を以前に紹介している。
前置きが長くなったが、そういう理由で、この手のなぞ解き検証本は大好きである。本書で扱われているテーマは、上記の「オオカミ少女」以外にも「サブリミナル」「なぜ赤ちゃんを左胸で抱くか」「計算のできる天才馬ハンス」「プラナリアにおける記憶の移植」など、興味深いテーマが全部で8本取り上げられている。
さて、表題のオオカミ少女とは、インドのシング牧師に育てられた少女アマラとカマラの「実話」を指している。簡単に内容を紹介すると、二人の少女はオオカミの巣で発見され、シング牧師によって育てられたが、4本足で歩いたり、生肉を好んで食べたり、夜中に遠吠えをしたという。しかも、多数の写真付きで詳細な記録が残っている。
この話を、どこかで聞かれたことは無いだろうか。特に学校などで話題になりやすい。なぜかと言えば、「人間が(教育)環境によってどんなものにもなり得る」という心理学・教育学的な教訓を説明するのに非常にインパクトがあり、分かりやすい事例だからだ。事実、私もある教育者の講演から「逸話」として聞いた記憶がある。
二人の少女は結局幼くして亡くなってしまうのだが、本書では、それらの原典や研究を詳細に検証し、上記のストーリーの偽りを暴いていく。その過程は「なぞ解き」になっており、読み物としても面白い。ただ、副題に「心理学の神話をめぐる冒険」とあるように、それらの嘘が分かった後も、その話は独り歩きを始め、ついには「神話」として確立し、その真偽を問わず、勝手に流布することを問題にしている。そこには、二次資料で研究を行うのではなく、原典を調べ、真摯に研究しないと、いつまで経っても心理学がうさん臭く思われるという著者の危惧を感じる。これは科学者に限らず、私たちも同様だろう。
メジャーな話で申し訳ないが、こっくりさんや血液型占いから、水素水、コンドロイチンやグルコサミンまで、エセオカルト、エセ科学は現在でも広く人口に膾炙し、あまつさえ「産業」として成り立っている。私にはこの辺、非常に理解に苦しむ。どうして、人間の性格がたった4種類に分類できると信じられるのか? どうして胃の中でタンパク質として分解・吸収されるものに薬理作用があるのか? 星座占いなどは、生まれた日を基準にしているが、それは自転していて日付が違う地球上どの地域でも同じことが言えるのか? 等々、素朴に疑問に感じるが、世の中、そう思わない人の方が多い気がする。結果、血液型占いについては、一種の社交辞令として受け止めることにしているが、未だに釈然としない。「あなたはO型だから純粋で夢や理想を求めるロマンチスト」と言われても、じゃあA型やB形に純粋なロマンチストはいないのか? と、思わずにはいられない。まあ余談である。
どちらにしても私のように、科学やオカルトの伝説が暴かれるのを楽しめる人間には面白い一冊と言える。逆に、オカルト信奉者の方には不満のある内容かも知れない。アマラとカマラに関しても、未だに古い教育者は真実と思っているかもしれない。それはある意味仕方がない事で、インターネットやパソコンが普及する以前に、写真という「真実」の前に人々は余りに無力であった。ほんの20年前までは、心霊写真やネッシーが堂々と真面目にゴールデンタイムのテレビで討論されていた時代である。ただ、そういうものにも何らかの科学的真実も含まれているので、簡単には切って捨てれない。著者もこれらの逸話を余りに否定すると、真面目な研究まで道連れに否定されるという現象を指摘している。
「サブリミナル効果」などは、怖い話だと思っている人がいらっしゃれば、ぜひ、一度読まれてみることをお勧めする。ちなみに、本書に追記をして読みやすくなった文庫版がちくま文庫から出版されているので、最後にはそちらのリンクを張っておきたい(私は未読)。
(きうら)