- ヴェトナム戦争の米軍の内部犯罪物
- 実にまっとうなミステリ
- ヴェトナムへの掘り下げ度は浅い
- おススメ度:★★★☆☆
霊能者や呪いに少々食傷気味な気分で、タイトルだけで選んだ一冊。ミステリは数あれど、ヴェトナム戦争の内部の犯罪というテーマは(日本人としては)珍しく感じる。内容を一言で言えば、そこそこ上質な犯罪ミステリ。まあ、いいのではないか(表記のヴェトナムよりベトナムの方がなじみがあるような気がするが、ここは原著に従う)。
(あらすじ)合衆国陸軍憲兵隊の犯罪捜査官であるカール・ハチェットは、ヴェトナム戦争の最前線、死と隣り合わせの軍隊で起こる「内部の」殺人事件を友人のミッチと共に探る。そもそも、殺人を目的とした軍隊において、なぜ、内部で殺人が起こるのか。起こるとすれば、それはどういった理由なのか。いわば内輪同士の争いを裁くカール。日本で言えば、警察と公安のような図式だろうか。戦争中であるという点が珍しい。著者自身はMP(アメリカ陸軍の憲兵)としてヴェトナムを体験した著者による3連作。
まっとうなミステリと最初に書いた通り、殺人事件が起こる>捜査に乗り出す>困難に出会う>主人公の調査や推理で解決する>というミステリの基本プロットに極めて忠実に書かれている。余りに忠実なので、ヴェトナム戦争が舞台であることがあまり意味がないほど。では、ヴェトナム要素が全く無いかというとそうでもなく、特に連作2作目の「ホーチミン・ルートの死」は、不遜な犯罪者である米兵達相手に、アメリカ軍もベトコン(南ベトナム解放民族戦線)も嫌う老婆が重要な役回りを演じる。
そもそも私は世界史に疎く、ヴェトナム戦争にちゃんとした知識があるわけではないが、それでも昭和の人間としては、断片的にヴェトナム戦争を扱った作品(主に映画)を知っている。質の良し悪しは分からないが「ランボー」や「地獄の黙示録」「プラトーン」、「フォレスト・ガンプ」の一部分など、ステロタイプだと思うが、私のベトナム戦争の知識はその程度。しかし、アメリカが唯一「負けた」戦争と言われるこの一連の戦いには興味がある。今回の読書は、そういったあいまいな知識が補強されるかもしれないという期待があった。
しかし、内容的にはミステリ的・娯楽的な要素が強く、ヴェトナム要素は「背景」程度で、この作品を通して、ヴェトナム戦争を論じようという感じではなかった。先ほど挙げた連作の2作目では、ヴェトナム戦争を普遍的な母性愛に絡めているが、これは他の戦争では同様だろう。それなりに興味深くはあるものの、少し肩透かし感はあった。
ただ、その分読みやすいのは確かで、この手の翻訳ミステリにありがちな「誰が何を言っているのか分からない。作者の意図が分からない」という状態は発生しない。主人公は特に魅力的とは言えないが、至極まともな落ちが付くので、スッキリする。うーむ、これは本当に普通のミステリではないか。
怖い度を判定すると、特に残酷ではないものの、戦争特有のどんよりした「殺人観」というものは表現されているので、よくよく考えると怖い気もする。ただ、上記のように推理物としての要素が強いので、そういうのが好みの方は楽しめると思う。
「敵」に対するバイオレンスを是とする軍隊における「味方」への犯罪行為。ここに人間の業の深さがあると思う。それほど深くは切り込んでいないが、読みやすいので、ちょっと趣向の違うミステリ好きの方は満足できるのでは。
(きうら)