- イギリスの「丘陵地帯」を舞台にしたファンタジー。
- (歴史ある)土地のパワーに翻弄される人々。
- 読みやすい文章と、単純な構図。
- おススメ度:★★★☆☆
(簡単な導入説明)大学入試試験を終えた「クレア」が、看護師の母親と一緒に、イギリスの田舎にあるレイヴンズミアに向かうところからはじまります。母親は、そこに住まうエイルワード卿の看護にあたるために、今までの仕事を辞めました。クレアは、母親の突然の転居に驚き、自分もそこに付いていくと言い出し、母親の反対を押し切って同行したのです。レイヴンズミアは、太古からの遺跡に囲まれ、そこには丘陵が点在し、不思議な庭園があり、クレアはその地に足を踏み入れた時から、(霊感的)感覚が研ぎ澄まされ、高揚感を覚えるのです。その後、クレアはその地と自分との深い因縁を知るのですが……。
おおまかな話としては、クレアが期せずして訪れたことが、実は望まれていた訪問であったことを知り、また彼女は、古くから連綿と続く使命があることも知り、やがてそれを受け継ぐかどうかの選択に迫られることになるのです。しかし、すぐに選択しなければならないわけではなく、クレアはこの地の歴史、そこに潜むパワー、この地を守る謎の存在、荒れるに任せたとある庭園などを調べるうちに、半ば自主的に、半ば強制的に、最終的な決断に導かれるようです。そこには、ある若者との出会いも関わってきます。こう読むと、本書は段階を踏んだクレアの成長物語であり、恋愛物語でもあるのですが、少し構成としては単純に感じました。
本書の結構として、いくつかの(単純な)対立軸のようなものがみられます。都会/田舎という場所設定。近代的な理法の支配する世界/魔力のあふれる聖なる地。経済発展(資源開発や遺跡発掘者)としての破壊者/自然保護を担う「守護者(ガーディアン)」。この作品の人物たちは、これらの対立軸に都合よく配置された関数のようなものとして登場させられています。それぞれがどのような立場を背負う者として現れたのか、それだけを示すためだけに登場しているような気がします。このことは、レイヴンズミアという由緒ある土地を中心にした(必然的な)展開ともいえます。とは言え、単純であることには変わりませんが。
また、人物関係にも単純な二項関係がみられるように思います。エイルワード卿とマーク、フランセスとその妹のヴィヴィエンヌなどには、以前からの関係断絶と、その後の和解が見られます。さらに我田引水的にいうと、クレアと母との間にも少しの悶着とその後の理解がありましたし、クレアとマークの出会いから性愛的相愛(と使命への覚醒)までの流れもまた、そのように捉えることができます。
最大の謎は、この地に眠る「ベニスン」という存在です。これを代々の「守護者」が守ってきたわけです。この地はいわばパワースポットのようなもの、さらにいうと、力そのものが具現化したような地で、それの源泉が「ベニスン」のようです。クレアが「ベニスン」を探すための手掛かりになるのが、ある庭園での「迷路の舞(メイズダンス)」です。しかし彼女たちが最終的に向かったのは「迷宮(ラビリンス)」となっています。和泉雅人『迷宮学入門』によると、西洋では迷路と迷宮の表象は峻別されているようです。「迷宮は、その規則性を厳密に守ることを要求し、(そこには)中心への志向」があり、複雑なだけの迷路とは違うもののようです。クレアが最後に経験する死と再生の儀式も、この迷宮表象にそなわるパワーのゆえといえるかもしれません。著者がどの程度意識しているか知りませんが、タイトルにある迷路とは(ちなみに原題には迷路-メイズの文字はありません)、地上に造られた他者を欺くためのものであると同時に、能力(資格)を持つものにだけ、正確なルートを示すことができるという意味で、迷宮への道標になっているのでしょう。などということを勝手に考えました。(ところで、「訳者あとがき」の写真にある迷路(メイズ)は、迷宮の形象に見えるのですが)。
本書は非常に読みやすいです。話の流れも単純なので、複雑なラノベ(?)よりも読みやすいかもしれません。
(成城比丘太郎)