3行で探せる本当に怖い本

ホラーを中心に様々な作品を紹介します

★★★☆☆

ヴェトナム戦場の殺人 (デイヴィッド・K・ハーフォード(著)、松本 剛史(翻訳)/扶桑社ミステリー)

投稿日:2018年4月10日 更新日:

  • ヴェトナム戦争の米軍の内部犯罪物
  • 実にまっとうなミステリ
  • ヴェトナムへの掘り下げ度は浅い
  • おススメ度:★★★☆☆

霊能者や呪いに少々食傷気味な気分で、タイトルだけで選んだ一冊。ミステリは数あれど、ヴェトナム戦争の内部の犯罪というテーマは(日本人としては)珍しく感じる。内容を一言で言えば、そこそこ上質な犯罪ミステリ。まあ、いいのではないか(表記のヴェトナムよりベトナムの方がなじみがあるような気がするが、ここは原著に従う)。

(あらすじ)合衆国陸軍憲兵隊の犯罪捜査官であるカール・ハチェットは、ヴェトナム戦争の最前線、死と隣り合わせの軍隊で起こる「内部の」殺人事件を友人のミッチと共に探る。そもそも、殺人を目的とした軍隊において、なぜ、内部で殺人が起こるのか。起こるとすれば、それはどういった理由なのか。いわば内輪同士の争いを裁くカール。日本で言えば、警察と公安のような図式だろうか。戦争中であるという点が珍しい。著者自身はMP(アメリカ陸軍の憲兵)としてヴェトナムを体験した著者による3連作。

まっとうなミステリと最初に書いた通り、殺人事件が起こる>捜査に乗り出す>困難に出会う>主人公の調査や推理で解決する>というミステリの基本プロットに極めて忠実に書かれている。余りに忠実なので、ヴェトナム戦争が舞台であることがあまり意味がないほど。では、ヴェトナム要素が全く無いかというとそうでもなく、特に連作2作目の「ホーチミン・ルートの死」は、不遜な犯罪者である米兵達相手に、アメリカ軍もベトコン(南ベトナム解放民族戦線)も嫌う老婆が重要な役回りを演じる。

そもそも私は世界史に疎く、ヴェトナム戦争にちゃんとした知識があるわけではないが、それでも昭和の人間としては、断片的にヴェトナム戦争を扱った作品(主に映画)を知っている。質の良し悪しは分からないが「ランボー」や「地獄の黙示録」「プラトーン」、「フォレスト・ガンプ」の一部分など、ステロタイプだと思うが、私のベトナム戦争の知識はその程度。しかし、アメリカが唯一「負けた」戦争と言われるこの一連の戦いには興味がある。今回の読書は、そういったあいまいな知識が補強されるかもしれないという期待があった。

しかし、内容的にはミステリ的・娯楽的な要素が強く、ヴェトナム要素は「背景」程度で、この作品を通して、ヴェトナム戦争を論じようという感じではなかった。先ほど挙げた連作の2作目では、ヴェトナム戦争を普遍的な母性愛に絡めているが、これは他の戦争では同様だろう。それなりに興味深くはあるものの、少し肩透かし感はあった。

ただ、その分読みやすいのは確かで、この手の翻訳ミステリにありがちな「誰が何を言っているのか分からない。作者の意図が分からない」という状態は発生しない。主人公は特に魅力的とは言えないが、至極まともな落ちが付くので、スッキリする。うーむ、これは本当に普通のミステリではないか。

怖い度を判定すると、特に残酷ではないものの、戦争特有のどんよりした「殺人観」というものは表現されているので、よくよく考えると怖い気もする。ただ、上記のように推理物としての要素が強いので、そういうのが好みの方は楽しめると思う。

「敵」に対するバイオレンスを是とする軍隊における「味方」への犯罪行為。ここに人間の業の深さがあると思う。それほど深くは切り込んでいないが、読みやすいので、ちょっと趣向の違うミステリ好きの方は満足できるのでは。

(きうら)


-★★★☆☆
-, , , ,

執筆者:

関連記事

西巷説百物語 (京極夏彦/角川文庫)

百物語シリーズ第5弾 金で人の恨みを晴らす仕事を怪談風に 名前の通り大阪が舞台 おススメ度:★★★☆☆ 最近、凄惨な現代の殺人事件の小説ばかり読んでいたので、久し振りに京極夏彦でも読んでゆっくり楽しむ …

再読の秋(成城比丘太郎のコラム-06)

「コラム」という名の穴埋め企画(二度目) 過去に読んだ本を再読する 現在再読中の本について おススメ度:★★★☆☆ 【はじめに】 「~の秋」というと、世間ではよく読書の秋とか言われたりしますが、真正の …

海の底(有川浩/角川文庫)~あらすじとそれに関する軽いネタバレ、感想

SFパニックエンターテイメント小説 男の友情、というかそっち系 残酷描写あり。軽い読書向き。 おススメ度:★★★☆☆ 今回はSFで現代を舞台にしたモンスター・パニック系の小説を紹介。随分有名なので、ご …

魔法使いの弟子 (ジョルジュ・バタイユ[著]・酒井健[訳]/景文館書店) ~紹介と考察

バタイユの「恋愛論」についての感想。 失われた実存の総合性を回復させるものとは。 デュカスの同名交響詩に少し触れられている。ちなみにダンセイニの小説とは関係ない。 おススメ度:★★★☆☆ (編者注)本 …

グリーン・マイル(4)~(6)(スティーヴン・キング/新潮文庫) ~簡単なあらすじ、前半ネタバレなし、後半ネタバレ感想

神への挑戦状か、捻くれた人間賛歌か? 残酷な視点で描かれる悲劇的展開 キングらしさは十分味わえる おススメ度:★★★☆☆ 本文に入る前に、まずは、お礼を述べたい。この一年、このサイトを訪れて頂いた全て …

アーカイブ