- 田舎に隠棲した元医者と少女連続殺人事件
- 老人の謎めいた過去と行動
- ミステリよりもサイコホラーっぽい
- おススメ度:★★★★☆
時代は昭和50年前後。元医者の老人は、娘婿夫婦に病院を任せ、田舎に質素なコテージを建てて暮らしていた。引退してもう2年経つ。日常生活の一切は自分で取り仕切り、実の娘にも会わない徹底した独居生活。必要なものは車で20分ほどの雑貨屋に電話で注文し届けてもらう。商品をもらう時にも顔を合わせない徹底ぶり。その黒い森に囲まれた生活は孤独だが、老人にとって充足していたはずだった。しかし、近くで四人の少女の連続殺人事件が起こり、歯車が狂う……そんな設定だ。
私はこの本を読みつつ2つの映画を思い浮かべていた。一つはスティーブン・スピルバーグの「激突」。映画の内容はトラック運転手にストーキングされる主人公というワンシチュエーションものでイメージは違うが、一人称視点の部分、暗いスリラー要素、何より作品の勢いが、若きスピルバーグと赤川次郎に共通しているように思う。もう一つはアルフレッド・ヒッチコックの「サイコ」。これは話の大枠でダブるところがある。ネタバレなしではあまり詳しく述べられ無いので察してほしい。
率直に言って、かなり気味の悪い、不気味な話である。老人が主人公なので、黒い森と重なる陰鬱なトーンが全編を支配しているが、読みにくい文章では無いので、中身には引き込まれるだろう。解説でも書かれているように、娯楽小説の旗手として脂の乗った赤川次郎の魅力が良く出ていると思う。
これはある種の密室ミステリのようでもあり、老人の狂気を描くホラーでもある。さらにメインエピソードに加え、謎の郵便物、失踪した弟、連続殺人犯の正体、といったサブストーリーも進行し、飽きさせないような作りになっている。昭和の話なので、設定は古いようにも思うが、現代にも翻案可能なレベルで収まっているので案外違和感が無い。娘の名前が久仁子という点には時代を感じるが……。
そんなわけで、せっかく面白く読んだので今回はネタバレ無しでいきたいと思う。メインの紹介はこんな程度にしておきたい。最後の最後まで錯綜する真実を追う、魅力的な一冊。小さなミスリードも満載で、ミステリアスな雰囲気もいい。なぜ2018年末に角川ホラー文庫の新刊として出版されたか疑問だったが「勝負できる」という確信があったのだろう。それも納得できる内容だった(とはいえ、新刊で買うのは勇気がいった)。
ここからは蛇足。
昔からそうだったが、赤川次郎はとかく批判に晒される作家だったように思う。曰く「軽すぎる」「質より量」などの悪口が吹き荒れていたように思う。私にとっては少年向けの読み物から大人の小説へと導いてくれたのが赤川次郎だったので、当時はそんな悪口をやっかみだと思っていた。
それはいろんな意味で当たっているとは今でも思っている。いつの時代も流行作家は文壇様からは軽く見られるものだ。ただ、やはり著者特有の難解な表現を用いない軽妙さが単に軽く感じられるのも確か。この作品も、非常に質の高いストーリーテーリングが為されているが、何か深いテーマに切り込んだりはしない。よく言えば、面白く読めることのみがストイックに追求されている。悪く言えば読後にメッセージが残らない。
それがいいのか悪いのかは判断が難しいが、少なくともこの作品単体では大きなデメリットでは無いだろう。何が何でも「人間とは何か」「時代のテーマ」にこだわってしまうような小説とは違い、純粋な小説的テクニックが堪能できる。誰にでも書けそうで誰にも書けない作風は、今でも十分価値ある存在だと思っている。
(きうら)