3行で探せる本当に怖い本

ホラーを中心に様々な作品を紹介します

★★★☆☆

新装版 殺戮にいたる病(我孫子武丸/講談社) 〜途中から核心的なネタバレあり

投稿日:2022年7月10日 更新日:

  • ネクロフィリア(死体への異常な性的偏執)がテーマ
  • 本物の変態描写&ミステリ要素
  • 精神的にかなり来るグロさ
  • おススメ度:★★★☆☆

1992年に出版された小説なので、本作はこのジャンルでは古典的な扱いがされている。

犯人である蒲生稔(がもうみのる)が殺人容疑で逮捕されるシーンから始まる物語はそのファーストシーンの直前までをたどるように構成されている。主に犯人、息子を殺人犯だと疑う主婦、犯人に殺害された女性の知人である元警部の三つの視点でストーリーが進行する。

世の中に変態のカテゴリーは多数あるが、このネクロフィリアとカニバリズム(食人嗜好)ほど共感を得られないジャンルはないだろう。かと言って大多数の変態嗜好が共感されるとは思わないが、この本で克明に描かれる死姦シーンは読むに堪えない。

という訳でエロいシーンを期待して読まれるなら、まずは止めたい。読むのをやめよう。軽いサディスト傾向があったとしても決しておススメしない。本物のサディストなら……先に殺してしまうので苦痛の描写が淡白すぎると思うかも知れない。

という訳で興味本位で読まれない方がいいが、一点、大きい仕掛けがあるのである。ここまでで何か感じるものがあれば本書を最後まで読んでからこの先を読まれた方がいいだろう。

以下、核心的ネタバレあり。

三つの視点と書いた時点で鋭い方はお気づきかも知れないが、実は叙述トリックの大仕掛けが仕込まれている。このジャンルを語れるほどの経験はないが、割ときれいにミスリードしていると思う。

ただ、殺戮にいたる病の過程が詳細に書かれているが、これが余り腑に落ちない。タイトルはキルケゴールの死に至る病の捩りで引用もされているのだが、そんな哲学的な雰囲気はない。

では具体的に長所と短所を簡単に書きたい。

長所は叙述トリックがグロテスクな描写と共存して生きていることだろう。作中は延々と息子が犯人であると導かれるが、実はその父親が犯人で、読者の想像とは反対なのである。これは最後の最後まで明かされない唯一で最大の武器である。母親と元警部の行動を操ってかなりの精度で誤認させられる。映像で見れば1発で分かるだろうが、何しろ小説である。騙されるのは不愉快だが、ここまで逆転していると爽快でもある。

また、グロテスクな描写から逃げず、かと言って入れ込み過ぎず、適度な表現に抑えているバランス感覚はいいと思う(それでも一般的な小説しか読まない人が読めるような内容ではない)。もう少しディテールが書き込まれていれば投げ出す人も多いはずだ。死姦そのものがかなりアレだが、少なくも先日の殺人依存性に比べれば、読後感は悪くない。

短所は物語の軽さだろうか。先に書いたが、犯人の父親は近親相姦願望をもった単なるマザコンである。哲学を装ってネクロフィリアに大層なイメージを盛り込んでいるが、かなりありふれた動機で拍子抜けする。そしてラストで死姦される母親(65)が登場するのはこのシーンのみである。物語の反転に欠かせない要素であるこの人物と同居している描写がないのはちょっとズルい。もう少し「そういえば確かに」と思えるシーンが欲しかった。

また元警部や主婦像はステレオタイプであまり面白味がない。こういう設定は色々やりやすいのだろうが、このジャンルでは月並みだ。最初に古典と書いたが、例え初版の時にリアルタイムで読んでいてもあまり変わらない感想になったと思う。

新版なので著者の後書きがあり、当時のバブル期の雰囲気を除けば今でも通用するという自信のほどが見て取れる。それはある意味その通りだ。携帯電話や監視カメラが無いことはあまり気にならなかった。とにかくネクロフィリアの描写と大オチに集中したおかげで、良くも悪くも社会性が薄いからだろう。表紙は今風でカッコいい。

この本が大好きだという人とは、あまり親しくなりたく無いが、自分が読む分にはまあまあ面白かった。ということを書いている、私の立場は……。

(きうら)


-★★★☆☆
-, , , , ,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

オオカミは大神(青柳健二/天夢人〔発行〕・山と渓谷社〔発売〕)~読書メモ(47)

読書メモ(047) 「狼像をめぐる旅」 日本各地に残る狼信仰 おススメ度:★★★☆☆ 本書は、日本各地に残る狼信仰をもとめて、主に東日本の社などを著者が巡ったことを、写真付きで記したもの。「お犬さま像 …

東京震災記(田山花袋/河出文庫)

花袋の目で見て、肌で感じた震災の模様。 様々な人たちの体験談を聴く花袋。 ルポでありながら小説でもある。 おススメ度:★★★☆☆ 宮崎駿監督作品『風立ちぬ』の序盤で一番印象的なのは、関東大震災の描写で …

でえれえ、やっちもねえ (岩井志麻子/角川ホラー文庫)※ほぼネタバレ無し

あの作品のまさかの続編⁉︎ うーん、いつもの岩井志麻子節 何となく気持ちわるい おススメ度:★★★☆☆ 「ぼっけえ、きょうてえ」はJホラー史に残る強烈な不気味さと鋭さを備えた傑作だと思う。未だに岡山弁 …

考える蜚ブリ(ごきぶり)(奥本大三郎/中公文庫)

ファーブル昆虫記の訳者によるエッセイ 上品な読み物。旅行記やファーブルの生涯の描写も多い タイトルの正確な表記は画像参照 おススメ度:★★★☆☆ また何でこの本を読もうと思ったかは簡単で、そのインパク …

禍家(三津田信三/角川ホラー文庫)~紹介と感想、軽いネタばれ

家と森にまつわる因縁。 結構単純な怪異の連続だが、結構怖いです。 とにかく主人公の少年がスーパーなメンタルの持ち主。 おススメ度:★★★☆☆ 多分、三津田信三を読むのはこれが初めてだと思います。「ホラ …

アーカイブ