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★★★★☆

動きの悪魔(ステファン・グラビンスキ、芝田文乃〔訳〕/国書刊行会) ~ネタバレあり感想

投稿日:2018年8月2日 更新日:

  • グラビンスキ短篇集の本格的な初邦訳
  • 鉄道にまつわる(神秘主義的)怪談集
  • 鉄道のもつ「動き」や怖さが感じられる
  • おススメ度:★★★★☆

【まえがき】

グラビンスキという、「ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説ジャンルの古典的作家」がいたというのを先年知り、ずっと読もうと思っていました。この「ほぼ唯一」という紹介文は、なんだか微妙な言い方ですが、関西人がよく口にする、「~だと思うで、よお知らんけど」みたいなニュアンスでしょうか(適当)。
グラビンスキは、近年、国内外で評価が高まったそうで、「ポーランドのポー」とか「ポーランドのラヴクラフト」とか呼ばれているらしい。誰がこういったのか知りませんが、著者本人はポーに影響を受けたようなので、こう言われたと知ったならうれしいでしょうか。ラヴクラフトとは同世代だったようで、なるほど見えないものを感じようとするそのセンスだったり宇宙的なものへの目うつりだったりは確かにラヴクラフト的でしょうか。グラビンスキ本人がラヴクラフトを読んだ可能性はほぼなさそうですが。
それにしても、「~のポー」や「~のラヴクラフト」といったレッテル(?)は、恐怖小説家としてはなかなかハードルが高いのではないでしょうか。もし日本でデビューしようとするホラー作家に、「日本のポー、颯爽と登場」とかいう煽り文句がつけられたら、評価的にとんでもないことになるでしょうね。グラビンスキに関するこういった評価は、彼が過去の作家であるとともに、長年評価されなかった反動でつけられたのかもしれないので、まあ、気にすることでもないでしょうか。そもそも、一読した限りでは、グラビンスキは、ポーやラヴクラフトのたんなる亜流(?)ではなく、独自の世界観を持っているようなのです。ラヴクラフトとの類似に関しては、たんなる結果論としておけばいいでしょうか。
なんだか「まえがき」が変に長くなりましたが、私が言いたいのは、本書を読み終えた今、現在本書の他に二冊出ている短篇集もすぐにでも読んでみたい、という蒸気機関車のごときこの胸のロコモーションなのです(意味不明)。
では、以下にネタバレをふくむ作品の感想を書きたいと思います。

【ネタバレを含む感想】

『音無しの空間(鉄道のバラッド)』……見捨てられた路線の見張り手に自らついた片脚のヴァヴェラ。彼は、何もないはずの「音無しの空間」から、レールや駅や信号所の生命を感じる。列車がまだ走っていた時の古き良き思い出をもつ空間との一体化。

『汚れ男』……悪い運命(疫病神)のように、その姿を現すと鉄道に災厄を引き起こす男が現れる。そいつにとりつかれた(?)車掌のボロンは、なんとかその男のたくらみを回避しようとするが、最後には破滅が待っている・・・。この短篇集は、最後に破滅的な光景がひろがって終わる作品がよくあって、それが個人的には好き。「列車の秘めた潜在力」を魔の力としてダイナミズム的に表現しようとしたものか

『車室にて』……鉄道の旅とは、「方法化された時空間の旅」(奥泉光)の一形態にすぎないとしても、いや、そうであるからこそ、限定された時空間の履歴を内包した鉄道旅は、旅する私たちを「旅」という型に切り抜いてくれるのでしょう。そこでは通常の人間性は変容し、また、様様なドラマが起こり得る、そういう可能性を秘めている空間として、創作者を刺激してきたに違いない。この短篇をまとめるなら、ある男がなした人妻との生生しい情事の光景から、彼女の夫を暴力的に車外に排除するところまでが、まさしく「ファム・ファタール」的挿話です。とはいえ、それは車内という別空間が見せたひと時の錯覚なのかもしれませんが。

『永遠の乗客(ユーモレスク)』……「鉄道と旅行の情熱的な支持者」であるアガピト・クルチカ氏の話です。彼は今でいう乗り鉄みたいな存在でしょうか。クルチカ氏は夜になると、列車を一巡りしては、乗客たちに鉄道旅の情熱を差し向けるのです。乗客で混雑する現代の駅にも現れそうな臨場感。この一品もそうですが、「訳者あとがき」では、日本人には不思議な響きのポーランド語人名の説明があって、なかなかおもしろい。

『偽りの警報』……偽の警報の後、事故が起こるというビトムスキの警告も受け入れられずに、大惨事が起こる。現代にも通じる鉄道事故のメカニズムに、さらにそこへ「説明できない(悪魔的な)<何か>」があるのではないかということを感じとれる作品。

『動きの悪魔』……トランス状態に陥って、鉄道の旅を続けるというシゴンという男の話。正直よく分からないところもありますが、彼のいう「大いなる力」というのが惨劇の爪痕を最後にもたらしたとでもいうのだろうか。だとしたらどこかラヴクラフト(クトゥルー神話)的だなぁ。

『機関士グロット』……「挫折した人」機関士グロットの理想は、ただひたすらにまっすぐ進むこと。「目指すことの永遠性」を愛する彼には目的地というものはない。止まらなければならない駅は、彼には「忌まわしいゴール」としてしかうつらないのだ。何としても駅に止めたくないグロットが、最後に機関車とともに疾駆したのは・・・?これもまた破滅的な最期。

『信号』……信号を発する組み合わせ順で、汽車が姿を消した過去があるという怪談話を、勤務時間外の鉄道員がおしゃべりしていた。その後、彼らはどこからか聞こえる警報に振り回されるという、まさしく怪談風。ただ、このラストもまた破滅的。

『奇妙な駅(未来の幻想)』……近未来の話。2345年の設定だが21世紀の話。地中海を一周する高速鉄道の疾走で幕開けします。このシーンはスピード感があって良い。鳥瞰的というか、衛星写真のようにみられた鉄道網は、まるで鉄道模型のジオラマを見ているよう。話の簡単な内容は、その高速鉄道に乗った人々が、ある山中の「奇妙な駅」に降り立ったあと失踪するというもの。よく分からないところもあるものの、ヨーロッパ文明の結晶が鉄道に擬せられて、文明進化の先を見通そうとするかのような作品。「奇妙な駅」でインド人にたすけられる人々がいるということには、グラビンスキの「東洋思想への傾倒」があるようで興味深い。ついでながらいうと、『銀河鉄道の夜』に似たような雰囲気。

『放浪列車(鉄道の伝説)』……神出鬼没の闖入者たる列車が鉄道員たちを悩ましていた。クリスマス前の混雑した日に、その暴走した放浪列車が死霊のごとく透き通った姿で、停車中の列車を通りぬけるのだが、その列車の中にいた人たちはどうなったのか・・・。鉄道のもつ恐ろしさをあらわしたかのよう。

『待避線』……不思議な効果をもつ車両の話をする鉄道員は、まるで漫談家かなにかのよう。「特別な空気」がある待避線があり、そこの空気を吸った列車に起こることとは何か。事故が起きる前に大量に降車した人がいる反面、残った人たちに起こった出来事とは何か。事故車両に乗っていた人たちの魂(精神?)は、「生と死の境界線」を越え」て、「より高次の現実」へと向かう。これは、未来へと疾駆するかのような理想を列車に重ねあわせたものだろうか。異界から何かがあらわれるというより、異界へと旅立つための装置として鉄道網が使われているよう。

『ウルティマ・トゥーレ』……これはよくある未来予知の話にまつわる怪談。語り手の「私」が「生と死の間の宙づり」とかんじる場所があり、そこに住むヨシュトは、予言者という通り名を持っていました。ヨシュトは死ぬ人のことを予知できるというのです。まあ、内容的にはよくある彼岸からの通信をネタにしたものですが、「死」というもう一つの世界とこの世との架け橋になっていたようなヨシュトは、グラビンスキ自身の世界観をあらわしているのだろう。

『シャテラの記憶痕跡』……思い出を恋人とするシャテラ。彼は、世の中に滅亡するものはなく、どのようなものもどこか別の場所(冥界)に記録されると考えていた。「<エングラム>」という過ぎ去った出来事の痕跡があるというのです。悲劇的な出来事により揺さぶられた人間の感情や回想などが、その痕跡として冥界の感光版にうつしとられ、さらに現実にあらわすことができるというのです。シャテラは彼岸の人やものを此岸もたらすことのできる日を「出来事の万霊節」と呼んでいました。ある日、ある事故の際に、彼のもとに転がり落ちてきた金髪の娘の頭部に心を奪われてしまう。彼はその金髪の娘を現実に再びあらわそうとして、事故を起こそうと画策するのですが・・・。この作品は、この短篇集のなかで一番ひどい鉄道事故のシーンがあり、当時の鉄道事故の多さ(とひどさ)を思わせる。また、一番恍惚とした最期ではないでしょうか。

『トンネルのもぐらの寓話』……トンネル番人のアントニ・フロレクが、洞窟の奥に暮らす「怪物じみた老人」にあうという話。フロレクは、生涯に一度も太陽に会うこともなく、陰気で、<外部>の世界を憎みつつ、暗闇の孤独の中では情熱をもっていた。暗闇の憂鬱な中に何かの力が秘められていると感じていたのだ。その彼が、洞窟の奥に住む穴居人にあう。その姿は両生類のような形の人間で、ラヴクラフト作品を読んだ後では「深きものども」が頭に浮かんだ。もしくは、『指輪物語』のゴラム(ゴクリ)に近いだろうか。最後にフロレクに見舞うものは、鉄道という文明のあるものから身を隠し、太古の原始的な存在へとかえるという、そんな感じの運命(?)でしょうか。

【おわりに】

グラビンスキはこれだけしか読んでないですが、なかなか興味深い作家で、すぐにでも別作品を読みたい(一応積んでるので)。鉄道をもちいた怪談だと思っていたが、なかなか「疑似科学的」な思想性もあってこれも興味深かったです。また、結構すなおな(?)怪異譚といったかんじですが、「動き(スピード)」という鉄道のもつ生命力のようなものが読みとれたり、破滅的なラストが頻出したり、なにより当時の鉄道という最新の乗物へのこだわりも見えたりと、なかなか楽しんで読めました。

(成城比丘太郎)


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