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★★★★☆

凍 (沢木耕太郎/新潮文庫)

投稿日:2017年2月26日 更新日:

  • ヒマラヤの難峰を登った山野井泰史のドキュメント
  • 超高峰の極寒状態での究極サバイバル
  • ドキュメントとしても傑作。読後の深い感動と清涼感
  • おススメ度:★★★★☆

この作品の主役である山野井泰史氏は世界の8000メートル級の超高峰を登った実在する伝説のクライマー。「単独・無酸素」にこだわりがあり、通常何十人かでチームを組んで、酸素補給をしながら登るような山を、一人で登ってしまう一種の天才登山家。彼がギュチャンカンというヒマラヤの山に妻と一緒に登ったエピソードがメインで描かれる。

対して作者は、あの「深夜特急」で有名な沢木耕太郎氏。「深夜特急」以外の作品もほとんどがノンフィクションだ。沢木氏の文章は読みやすいが硬質で、時に過剰に「カッコよすぎる」傾向があるが、この本に限って言えば、ピタリと文章とテーマがハマっている。

「怖い本」を紹介している当ブログだが、本作は幽霊も殺人鬼も出てこない。代わりに味わえるのは、超高峰を登山するということがいかに恐ろしいかということだ。マイナス何十度という極寒、希薄な空気、そそり立つ絶壁、雪崩の恐怖、そして、わずかな油断で発生する滑落や凍傷……。下手なホラーより余程恐ろしい自然の恐怖が味わえる。

テレビなどでもエベレストに登る様子が放送されるが、それはあくまで多数のサポートチームの努力の結果でもある。それでも失敗する場合もあるということはそれだけ過酷だということだ。8000メートルにほんの少しだけ足りないギュチャンカン(7952メートル)を山野泰史氏は妻の妙子(彼女も天才女性クライマー)と、一人のシェルパ(荷物運びなどのサポーター)の三人だけで無酸素で登る。その壮絶さはぜひ、実際に読んで頂きたい。

この作品では、そういった高峰登山の恐怖も存分に描かれているが、山野井泰史氏のストイックな生き方が魅力たっぷりに描写されている点が素晴らしい。俗な言い方だが「男のロマン」を感じる。未だに日本のクライマーで一番人気があるそうだ。そして妻の妙子氏も同様で、夫にも勝る強い精神力を発揮したりする。それらがまるで近くで見てきたような文章で描写される。実際に作者と山野井泰史は友人のようだが、その関係もあって描写に迫力があるのだろう。

読後感も素晴らしく「怖い本」としては★4としたが、個人的には★6でもいいくらいのお気に入りの一冊。ぜひ、山野井泰史氏と「一緒に」極寒の登山を体験して欲しい。
追記:本人自身による回顧録である「垂直の記憶 (ヤマケイ文庫)」という本もあるので、興味があればこちらもオススメ。また違った味がある。

(きうら)


凍 [ 沢木耕太郎 ]


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