- 離れ小島での男だけのキャンプ・エッセイ
- 「昭和軽薄体」と称された椎名誠の文章技術の真骨頂
- 笑いとスリルと優しい感動も味わえる
- おススメ度:★★★★★
昨年、本サイトをご覧頂いた方もそうでない方も、この文章をお読みの方に新年のご挨拶を--明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
さっそくですが、今年も隔日更新のペースを守りつつ「怖い話」をベースに様々な本を紹介していきたいと思います。ただ、正月早々、首が飛んだり腕が飛んだり、ましてや、世界が滅んだり異次元からモンスターがやってくるような本を掲載するのもどうかと思い、お正月限定で「怖くない本」=「笑える本」を紹介したいと思います。
しかし、怖い本というのは、割と誰が読んでも怖いものですが、「笑える本」というのは、人によって笑いのツボが違うので、なかなか共通して面白いと思える本はないのではないでしょうか? 私もいろいろ笑える本というジャンルも読みましたが、結局、この一冊が私にとって一番笑える本です。単に椎名誠と波長が合っているだけともいえますが。
と、ここまでが前説で、以下、本編は「で、ある調」に戻ります。
(あらすじ)
椎名誠を中心とするおっさん+少年1名の男ばかり10人ほどのグループが三重県にある「神島」に行って、ただキャンプを張って料理を作って酒を飲んで騒ぐだけのエッセイ。ただ、基本的に民宿などには頼らず、自分たちで料理の素材なども海から確保する=探検隊である、という主張がある。若き椎名誠のある種の「おっさんの青春」のような輝きを放つ、珠玉のエッセイ。ちなみに神島は通常は、三島由紀夫の「潮騒」の舞台ととして知られている。
デビューしたての椎名誠が、そのイキオイに任せて、自分たちの離れ島でのキャンプの様子を描いているのだが、とにかく、その文章そのものが初期椎名エッセイ特有の勢いのある会話口調で、これがとにかく面白い。上記のようにこれを称して「昭和軽薄体」と呼ばれて当時は蔑まれたらしいが、本人はむしろブンダンの偉い人たちから嫌われて嬉しかったようでもある。たとえば、怪しい探検隊を説明する文章を引用するとこう書かれている。
しかし、ただみんなでぞろぞろ離れ島にでかけ、だらしなく笑って酒をくみかわす、というのではあまりにも未来に対する展望が欠けている、と思われるので、離れ島では天幕を張り、水はそのへんの湧水をみつけ、海、山、平地から食料を調達し、夜ともなればうま酒ビールのみかわし、ドンパン節をうたい星を見つめ波の音きいて、ともにすごした幾年つきか、よろこび悲しみ目に浮かぶ目に浮かぶ、というような、まあいささか後半はキザな描写ではありましたが、一応全体的にこのような魅力的な状況というものを追求しようという外角高めの理想に燃えている組織および集団なのである。
あまりに長い一文だが、全編この調子で、調子に乗ってくると時間も空間も飛び越えて、全然関係のない話が始まったりするのだが、それがとにかく面白い。基本的には神島への旅行の計画から、上陸、夜の宴会までが描かれているが、その間に過去の「探検」の逸話も挿入され、変化に富んだ内容になっている。椎名誠は毒づくこともあるが、決して陰険なものではないので、いやな気分にはならないだろう。
また、登場人物が非常に魅力的だ。もうそらで覚えてしまったが「陰気な小安」「釜炊き目黒」「炊事班長」「ユー玉」「フジケン」「依田セーネン」「にごり目タカハシ」等など、それぞれに印象的なエピソードとともに語られていて、タイトル通り非常に「怪しく」かつ面白いのである。フジケンは小学生だが、それ以外は20代~40代のおっさんたちであり、彼らのオモロカナシイ生きざまが鮮やかに浮かび上がる。私の中では、今でも彼らは常に馬鹿げに満ちた旅行を続けているのだ。それは一種のユートピアといえるかもしれない。
この作品がただのエッセイに終わらないのは、途中にある遠泳の様子が本格的な冒険もののようなエピソード(「恐怖の神島トライアングル」「垂直デスマッチ」)になっていたり、上記のフジケンにまつわるエピソード(「フジケンの彼方に」)などが、非常に感動的であったり、奇跡ともいえる多様性とまとまりがあるのである。椎名誠のエッセイはその後何十冊も読んだが、この作品を超えることはないと思っている。
本を読んで笑うということはないのだが、この本では「ラリパッパ」や「まむちゃん」などの単語を読むと思わず笑ってしまう。今や椎名誠も老境に入り、上記のメンバーも幾人かは他界されているようだが、前述の通り、私の中では若き椎名誠の、何だか分からないエネルギーに満ち溢れた輝かしい(でも意味のない)一日が繰り返されているのである。ぜひ、楽しい気分を味わっていただきたい一冊だ。
ちなみにこの後、「探検隊」はシリーズ化されるが、オリジナルメンバーである上記の面子以外の続編はそれほど面白くない。そういう意味でも、椎名誠の作品を読むうえで、非常に重要な一冊と言えると思う。よく、無人島に持っていく3冊を選べという質問があるが、その内の一冊はこれに決めている。
(きうら)