- 「雨」「蚊」をテーマにしたワンシチュエーション小説
- 「雨」は哀切、「蚊」は不気味な読後感
- 怖いというほどではないが、上記が気に入れば、他の小説も楽しめる。
- おススメ度:★★★☆☆
「雨がやんだら」と「蚊」は、椎名誠氏の「超常小説ベストセレクション」の中に収められている。本書は、この他にも「中国の鳥人」や「みるなの木」など、過去、バラバラの短編集に収められていた19編の短編を集めた「ベストセレクション」で、全部は無理なので、今回はその中で意外に怖かった二編を紹介したい。
「雨がやんだら」は後の傑作SF小説「水域」につながるワン・シチュエーション小説だ。どこだか知らない「崩壊した」場所に住む男たちが、赤い箱を拾うところから小説はスタートし、その中に入っている少女の「日記」を読むという内容だ。日記の中身はまさに題名そのままで、「雨がやまない」世界を少女の視点で描かれている。雨の状態は段々悪化して……という、あらすじだ。
たったそれだけで、最後に驚くようなオチがあるわけではないが、少女のたどたどしい文章で語られる様子が意外に不気味で、なんだかうそ寒い気持ちになる。調度、戦争の話を子供の視点で見ているような感じだ。「雨が降る」というのは非常に身近なシチュエーションなので、その状態を実感できるし、ラストも少々哀切がある。
もう一つの「蚊」も、同じく「蚊に襲われる」というワン・シチュエーション小説だ。一人の男が、異常な蚊の大群に六畳間で襲われて、それと戦うというだけだが、文章全体に狂気が溢れており、まさに「超常小説」の名前に恥じない内容だ。少し古いがヒッチコックの「鳥」の「蚊」版だといえば、分かりやすいかも知れない。作品の元ネタは、氏の代表作「わしらは怪しい探検隊」で、実際にテントで「蚊柱(科の大群)」に襲われた実体験だろう。
椎名誠氏は、まえに作者の違う短編集「魔法の水」で少しだけ紹介したが、実に多彩・多作な作家で、我が家にも100冊近くの蔵書がある。作風は大別すると4つに分かれ、全盛期の椎名誠のイメージにある「旅する冒険家」にあたる旅行記(「あやしい探検隊シリーズ」「シベリア追跡」「インドでわしも考えた」など)、今回のような「異常な状態」を扱ったSF風要素もある短編小説集、自らの体験をストレートに題材にした自伝風小説(「銀座のカラス」「哀愁の町に霧が降るのだ」「岳物語」シリーズ)など、そして日本SF大賞を受賞した「アド・バード」や前述の「水域」「武装島田倉庫」とそれに連なる本格SFシリーズがある。
全体的にはユーモラスで愉快な作風の方が多いが、今回のような異常な状況を扱った小説には傑作も多く、特にSF三部作と題される「アド・バード」「水域」「武装島田倉庫」はどれもテーマは違うが、全部素晴らしい作品だ。私見だが「武装島田倉庫」は一番のお気に入りで、大傑作小説だと思う。また、別に紹介したい。
2017年2月現在、椎名誠氏は72歳。それでも新作は刊行され続けている。先日、引退撤回発言(?)があった、かの宮崎駿氏が76歳。作品に年齢は関係ないと思う。ちなみに氏作品はホームページ「椎名誠の旅する文学館」で、本人と親友による対談形式の解説が読むことが可能だ。
とりあえず、この二編を読んで気に入ったら、他の小説にも進んでみてもいいかもしれない。
蛇足:旅記ものでは爆笑キャンプの記録「わしらはあやしい探検隊」の第一作目が最高傑作、自伝シリーズでは熱い展開の「銀座のカラス」がおススメ。そして、SFはどれも素晴らしいが「武装島田倉庫」のリンクを最後に張っておきたい。
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