★★★★☆

文字禍(中島敦/Kindle版)~概要と感想、中盤までのネタバレ

投稿日:2017年9月16日 更新日:

  • 文字による禍をアッシリアの伝説で説く
  • 短く鋭い文章と明確な主題
  • ネット時代にこそ意味があるストーリー
  • おススメ度:★★★★☆

先日、同じ著者による「山月記」を紹介したところ、共同運営者の成城氏より「(そんなに中島敦に思い入れがあるなら)ぜひ読んでみたらどうか」と、推薦されたのが本書である。ご覧の通りの青空文庫で無料で読める&短編小説なので、このまま読まれた方が早いかも知れない。

(あらすじ)アッシリア(メソポタミア(現在のイラク)北部を占める地域、またはそこに興った王国(前2500年 – 前605年)Wikiより抜粋)のアシュル・バニ・アパル大王の治世第20年目の頃、図書館の中で、怪しい声がする。ようやく乱れた世の中が回復したところだったので、謀略かと疑ったがそういう様子もない。処刑したバビロン人の舌は抜いたので、その亡霊でもない。そうすると、これは文字の精霊だと大王は考えた。かくして、その調査に巨顔縮髪(きょがんしゅくはつ)の老博士ナブ・アヘ・エリバにこの未知の精霊の研究を命じたのだが……。

文字の霊などというものが、一体、あるものか、どうか。

という、一文で始まるこの物語は、上記の通り、大王から命ぜられた博士文字の精霊について調査を進めるのがメインのストーリーライン。ユニークなのは、アッシリアでは、紙草(パピルス)が発明されていないので、文字は粘土の板に硬筆を持って文字が書かれていることだ。これは最後のオチに関係するので非常に重要な設定でもある。

とにかく博士は、終日、文字の精霊について書物(粘土板)を調べたがそれらしい記述が見つからない。そこで、自力で解決するしかないと思い至り、文字をずっと眺めていると、

一つの文字を長く見つめている中に、いつしかその文字が解体して、意味のない一つの線の交錯としか見えなくなって来る。

という、事態に遭遇する。博士は相当に驚く。現代人なら「ゲシュタルト崩壊(wiki)」と言って済ましてしまうかもしれないが、博士はその発見によって文字の精霊を確信するのである。そして、博士が調査を進めると、なんと文字を覚えた方が、不利益を被っている人間が多い(虱を取るのが下手になった、目に埃が余計に入るなど)ことが判明する。ここに至って、博士は文字に災いがあることを確信した。これは滑稽な結論にも思えるが、次の一文を読むと考えさせられるだろう。

埃及(エジプト)人は、ある物の影を、その物の魂の一部と見做しているようだが、文字は、その影のようなものではないか。

そうなのである。文字を弄する余り、人々は本来の感情や物を忘れ、その「影」を追うようになってしまったのではないかという指摘である。ここまでで約半分ほどストーリーを追ってみたが、後は直接読まれた方がいいだろう。ともかく、これは私にとって相当に怖い指摘である。まさしく、私のようなブログを運営しているものは、その影(の更に影)を追いかけているようなものだ。時々、詩作も行うが、時に周りが見えないほど没頭する。これこそ文字の精霊が憑いているという状態だろう。中島敦はさらに、歴史についても鋭い投げかけをするのだが、それは敢えて書かずにおく。

こうして見回してみると、インターネットには実にたくさんの文字の精霊が踊っている。あらゆるニュースに、ブログに、Twitterに、掲示板に……それこそ無限の文字の精霊が跳梁跋扈し、実態のない情報をまき散らして、人間たちを動かしている。私たちはいつから家族での語らいより、他人の不倫や無関係な失敗をそんなに気にかけるようになってしまったのだろうか? 隣人とうわさ話をする代わりにスマホでゴシップをやり取りするようになったのだろう? それは本当に幸せな人間のありようなのだろうか?

と、単純な文明批判に陥っても意味がないが、簡単に言えば「情報に振り回される」人間への中島敦なりの皮肉であり警鐘である。作家としての何かの自戒であったのかも知れない。もちろん、この話は文字によって文明が飛躍的に発展したという側面を意識的に省いているが、文字を読む全ての人にとって、一種のホラーとなっていることは間違いない。寺山修司は昔「書を捨て町へ出よう」という言葉を残しているが、私も今日くらいはこれで文字を捨てて、世界を眺めてみようと思う。文字の精霊からは逃れられない運命だろうが……。

(きうら)


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