★★★★☆ コラム

多和田葉子をおすすめしてみる(成城比丘太郎のコラム-08)

投稿日:2018年12月4日 更新日:


  • 「コラム」という名のおすすめ記事
  • 多和田葉子作品の中で、最初に読むにはどれがいいか
  • 最新作『穴あきエフの初恋祭り』についても
  • おススメ度:★★★★☆

【はじめに】

先日、多和田葉子の『献灯使』(過去記事が、アメリカの「全米図書賞・翻訳文学部門」に選ばれたそうです。私は、この「翻訳文学部門」がどれだけスゴイのか知らないので何とも言えませんが、これは作品が評価されたとともに翻訳もよいとされたのだと思われるといえるでしょう。しかし、以前の記事で書いたのですが、個人的には『献灯使』(日本語版)はイマイチでした。最近(去年)、それが講談社文庫としても出されたので、それを再読してみて私が見落としていたスゴイところがあるのか探ってみたいです。それと、その賞を取ったのは「翻訳」の方なので、そちらをも読みたいのですが、今のところ読む予定はありません。

さて、おそらく、これを期に『献灯使』を読もうと思っている人もいるかと思われます。先ほど書きましたが、私にとって当作品はどうもおもしろくなかったので、個人的にはおすすめする気にはあまりなりません。どういうことかというと、多和田作品をまだ一度も読んだことがない人には、『献灯使』を読む前に別のものを読んでからにした方がいいのではと思うのです。そんなわけで、今回は『献灯使』の前に、まずはこちらから読んでみてというかんじの記事になります。

【多和田作品で、読みやすくある程度面白い作品】

・多和田葉子『雪の練習生』(新潮文庫)(Amazon)

[こちらの作品は、多和田作品の中では読みやすいもののひとつで、しかもお手頃な値段なので、ふつうのおもしろさをそれなりに期待している人向けです。値段も安い方なので、もしおもしろくなかったとしても、損した感はある程度薄いと思います。ホッキョクグマが主人公(?)なので動物好きな人にはとくにおすすめ]

その他、読みやすいのは以下。

・多和田葉子『容疑者の夜行列車』(青土社)(Amazon

・多和田葉子『聖女伝説』(ちくま文庫)(Amazon

・多和田葉子『旅する裸の眼』(講談社文庫)(Amazon

それから、芥川賞作品『犬婿入り』(講談社文庫)(Amazon)は、歴代の芥川賞作品にしてはまあまあおもしろく読めます。

個人的に最高傑作なのは、『飛魂』(講談社文芸文庫-kindle版)(Amazon)だと思います。この『飛魂』は、一種の幻想小説として読めると思います。もし、出版社が違えば怪奇幻想的な小説として出されていたでしょうかねぇ。

【「言語派」としての多和田葉子】

沼野充義は、多和田葉子文学のことを「言語派」と称しています。これは、以前現代日本文学を「芸術派、私小説、プロレタリア文学の三派」に分けるといった丸谷才一のことばに、沼野自身が付け加えた一派のことで、今でも多和田作品を「言語派」としてカテゴライズしているようです。この「言語派」とは、まあいうならば、作品を生みだすにあたって、言語というものに徹底的に意識的であろうとする傾向が強い作家のことでしょう。例えば、現在だと円城塔や諏訪哲史なんかがそうではなかろうかと思います(個人的には、ここに古井由吉も加えたい)。

もちろん、沼野充義も書いているように、文章を書くにあたって言葉にこだわらない作家はいないでしょう。しかし、「言語派」とはそのようなものではないようです。沼野はその傾向を簡単に、「言語そのものが目的であるような、そんな言語との付き合い方を実践する作家」(『飛魂』「解説」)と規定します。このことを(勝手に)敷衍していうと、作家が何かを書く時にどのような言語の形(ひらがな・カタカナ・漢字・アルファベット等)を使って自らの構築しようとする作品にそれらをいかに生かすかに腐心するということを基底に据えて、その時に使われる言語そのものが使用者にどのようにあらわれるかを見つめようとする態度を持つ作家のことでしょう。これはなにも、詩的表現を多用するとか作品構成を複雑にするとかそういうテクニカルな問題ではありません。どういうことかというと、今から作家自身が紡ごうとしている言語そのものが自らにとってどのような意味をもつのかを常に問い続け、さらに物語をうみだすことを後においておいた上で、そのことを第一義的にしようとする境地へと達することも辞さないという態度であるかとも思います。そのラディカルさが少しある作品として円城塔の『文字渦』なんかがあると思います。

文章を書く時のコトバにこだわるだけでなく、そのコトバそのものが自らの書く文章(作品)にどのような影響を及ぼすのかにある程度意識的なのは、もちろんどの作家にもあるかとは思いますが、おそらく「言語派」とよばれる多和田葉子(など)の場合、先ほども書いたように、「言語そのものを目的」とするので、作品制作の果てには時として「言語」(としての世界成立)そのものが臨界を迎え、さらには「言語」自体の解体を帰結することになってしまうことがあるかもしれません。その過程自体は、おそらくコトバ遊びと捉えられる面もあるかもしれません。それでも作家自身の(ひとつの)極北としては、書くという行為と、その結果生み出されようとする書かれた(コトバによる)作品成立とが、何の齟齬もなく奇蹟的な重なりをもつことを夢想しつつも、おそらくその地点は訪れないであろということを念頭に、絶えず変成し続ける「言語」のうねりとの絶望的な付き合いを継続しなければならないのです。

といっても、どこかで折り合いをつけて、「言語」を御しなければなりません。あまりやりすぎると、わけがわからないよ、となりますからね。そうしてうまいこと付き合ってきちんと読めるものとしてあらわしたのが、多和田葉子作品のひとつの特徴でしょう。ちなみに、あくまで今まで私が書いてきたのは、「言語」に焦点を当てただけの読解ですので、実作品はそんなにやっかいではありませんので。

【最新作『穴あきエフの初恋祭り』についてイミフな感想】

多和田葉子の最新作『穴あきエフの初恋祭り』(文藝春秋)は、2009年から2018年のあいだに『文學界』に連載されたものをまとめた単行本です。今作は、幻想的な連想ゲームを構想しましたみたいな短篇を含む短篇集で、円城塔『文字渦』(過去記事)を読む時と同じく日本語を読んでいるということを強く意識させてくれる意匠で、身体感覚が社会・生活に懸想しようとしてもモノとの関係が圏外へと疎外されてしまう言語の逐一的な脱構築が味わえるかもしれない。言語による感情喚起の間奏曲に生存への歓喜を伴奏してくれるだろう。読み手の「文字欲」を満たしてくれる意欲的なよく出来た作品に満ちている。

具体的な作品解説は不要でしょうが、まあ一応いうと、最初の作品『胡蝶、カリフォルニアに舞う』は、アメリカに留学した男性が主人公で、日本からそれほどの日数を離れていたわけでもないのに彼には日本の風習(?)とアメリカとのそれとの差が誇張されていて、その謎はタイトル通り最後に明かされる。
次の『文通』もまた古典を下敷きにしたような感じで、作家の男性の言葉遊びと、二人の女性をめぐる入れ子のような作品構成に、歯が浮きそうにはならないが、箸にも棒にもかかっていたい気分。

その他の短篇のことを少し。『鼻の虫』は、鼻の中に住む無害の寄生虫のことから、携帯電話を包装するだけの単純で意味不明な労働へと場面は転送される。「体の中の異物」である「虫」は「わたし」の中に寄生し、その虫はまた身体を構成する文字であるので、「見て見ぬふり」はできなくなってしまう「わたし」だった。

『ミス転換の不思議な赤』は、「わたし」が学校で「緋雁(ひかり、光?)」のけいれんに立ち会うが、それはいわゆる癲癇の発作か。ドストエフスキーもそうだったし(『白痴』において)、私も経験はあるが、その光景はまさに神聖な魂の振えを思わせて、同時に意識の鮮烈な変容を感得する。そして身体性を喪失し魂の抜け殻となった現象を、多和田は、「離魂」もしくは「慢性の家出病」と表現する。さらにはまた、「赤」のイメージも鮮烈。

表題作の『穴あきエフの初恋祭り』は、口に出して読むと分かるが、まずアナーキエフと発音される。アナーキエフ、アナーキエフと呼んでみると、なんだか人名のように思える。キエフに住むアナーキーなアナ―キエフさん。それを分節して、アナーキーとキエフを取り出してみよう。キエフの街で「わたし(たち)」が見る歴史の足跡が、ある抵抗運動のもとにうかがえる作品ができあがる。人名や地名が漢字表記になっているのは、漢字自体が表意文字であるとともに表音文字ともなっていることを思わせ、またなんとなくアジアとヨーロッパとのあわいを思わせなくもない。

その他、言葉遊びに強烈な身体感覚のゆらめきを楽しめる作品があります。

【まとめ】

多和田葉子の『献灯使』を読んで、こんなのおもしろくないわ、と思った方がいらっしゃったなら、どうかあきらめないで、他の作品も読んでほしいです。

(成城比丘太郎)


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