コラム

無駄使いという魔物 ~01:スマートくない

投稿日:2018年12月14日 更新日:

このコラムでは私が実際に買った無駄なものを紹介したい。節約も度が過ぎると吝嗇となじられるが、物欲ほどまた恐ろしいものもない。生活が成り立たないほど貯金するなんて話は聞かないし、そもそも論理破綻している。しかし、無駄・散財・借金・破産・破滅はとても近しい悪魔の兄弟だ。と言うわけで、今回は私史上最大の無駄遣いを紹介したい。ちなみに総額は200万くらい。さて高いか安いか?

三十路手前の私は、その頃、仕事が終わると必ず自転車で15分も遠回りして見に行く場所があった。零時に職場を出ても必ずだ。そこではガラス越しに心を捉えて止まない存在が待っていた。
そもそも出会いは街角で一目見ただけ。ほんのすれ違いだったはず。しかしその日から私の心に今まで感じたことのない激しい欲望が発生しどうしても消えなくなった。

その存在は今は無きクライスラージャパンの店頭に飾られていたのは初代「smart」。自動車、文字で書くならそれだけ。ただその姿、その存在、その機能全てが輝いていた。人から見れほぼ欠点しかないかも知れない。ただ私には理屈を超えた何かに捕まった。恋に近いかも知れない。少なくともそれに近い感情だ(過去形ではない)。
一応、事実を述べると、私は自動車が子供の時から大嫌いだった。乗れば必ず酔う。バスで行く遠足など憂鬱の元だった。それは今も変わらない。運転していても山道では酔う。素晴らしく便利な機械だとは思うが、たぶん一生好きにはならない。更に言えば、所有欲が薄い。もちろん、欲しいものはあって、時々買ったりするけれど、それは生きる義務のようなもので、smartに感じたものとは違う。今持ってる物が全部無くなっても、不便は感じてもあまり悲しくはない。
ただ、私はその時から今に至るまで、smartが欲しいのであり、自動車が欲しい訳でも、コレクションに加えたい訳でもなかった。ただただ欲しかったのだ。

見た目はご覧の通り。この姿に私は魅せられ続けている。完璧な造形。どんなアートや美術品より、好ましいと思う。

たが……無駄なのだ。私にとっては愛すべき点でしかないが、同時に人が無駄だと言うのもよく分かる。長くなるがまあ聞いて欲しい。

・二人乗り。ラゲージスペースもほぼない。買い物しても助手席に置くのが基本。
・エンジンはたった600CC。走行性能は軽自動車より低い。
・それなのに普通車登録(わずかに軽の規格から外れる大きさ)。
・そこへ鬼のハイオク指定。絶対に、だ。
・外車なので当然左ハンドル。ETCのない時代の料金所……。
・遠乗りして疲れても座席は倒れない。ダイヤルで少し傾くだけ。
・無駄にガラスルーフ。塞げるがそれでも夏は暑い。
・もちろんクーラーは効かない。日本の気候に合ってない。
・後ろに向かって車体が膨らんでいるのでサイドミラーが無駄に見えにくい。
・タイヤの口径が前後で違う。タイヤ交換が大変だ。
・しきりと安全性が強調されていたが誰が見ても走る棺桶。
・ドアがプラスチック(強化樹脂?)。交換できると言う無駄機能のために捨てられた安全性。石油が原料なので当然燃え上がる。強度?
・それはスウォッチと提携したからだ。
・ちなみに日本ではほぼ交換不可能だった。
・フロントに飛び出してるスピードメーターとタコメーター。デザインの為には視認性も捨てる。
・運転席と助手席がアシンメトリー。具体的には前後にずれてる。話が弾まない仕様。
・基本、カーナビをつけるスペースがない。というか標準はラジオしかない。
・クラッチがセミオートマ。好みでマニュアルにできるが、誰がするのか。
・しかも自動変速に独特のショックがある。ガックンガックン。
・板バネ、サスペンションが板バネ……板バネと言うものを始めて知りました。道の凹凸がよくわかる。
・買う時に「壊れやすいです」と断言される。
・「本当にいいんですか?」と店長に念を押される。
・「壊れたらディーラーに電話して下さい。でも出来るだけ深夜はやめて下さい」と店長が本音を漏らす。
・できたらだけ雨に濡れないようにと言われる。理由は電気系統が壊れるから。
・そのためカバーを買ったら5万もした。
・カバーを初めて着けたら30分かかった。
・慣れても10分かかる。
・それでも車体は基本プラスチックなので傷がつく。
・実用性が全く無い。

そのsmartを1年半で私は手放した。なぜか? それは結婚の為にお金がかかったからだ。あの悲しい夜、査定に来た中古車屋の兄ちゃんが、切ない金額を叩き出し、その場でサインした。そして、そのまま走り去るsmart。もう完全にドナドナ。二週間に一回しか乗らなかったけど、本当に楽しかった思い出しかない。当時、とにかく目立つので、よく振り返えられる、友達の家に行ったら大笑いされた、そのまま鳥取まで行ったのに椅子が倒せないので腰をさすったこと……。

今、中古で40万円くらいする。2002年の車を40万、毎年車検、維持費は年に20万近い。買えない金額ではないが、二人の子供がこれから高校に進もうとするタイミング、決して楽ではない暮らし向きで、そんな「無駄」は許されるのか? 本体はともかく維持費が痛い。20万あれば色々孝行も出来る……。人の夢は儚い。

現在も販売されている新型もある。あるが、ベンツ傘下に入ってから絶望的なデザインに変わった。高級感? そんなものは二階の窓から高速道路に投げ捨てろ! 今のsmartはsmartであってsmartではない。初代だけが完璧なのだ。

しかしこの話にはまだ続きがある。このsmart、実はさらに個性的なバリエーションがあった。「smart クロスブレード」という。以下、その素晴らしい「思想」を追加する。

・屋根がない。
・カブリオレと思わせて扉もない。
・あるのは黒いバーが一本。つまりフルオープン。
・それに反して防水性が中途半端。正確には多少はあるが完璧ではない。駐車時のカバーはあるが
ナイロン製。ナイロン。
・走行中は付けられない。
・そのため、プラスチックのフタが標準で付いてくる。
・店長曰く「雨が降ってきたら慌ててステレオなど電子機器に蓋をして下さい」「しないとどうなります」「電子機器が壊れます」
・屋根のない車の電子機器よ……。
・「あと、危険なので運転する時はヘルメットを被って下さい」「冗談ですよね」「被って……下さい。もちろん助手席の方も」
・店長、説明の途中、思わず吹き出す。
・お値段、当時、確か260万。扉と屋根があるsmartよりはるかに高い。
・25台しか日本で販売されなかったらしい。世界でも250台。増産されたとも聞かない。

その奇怪な容姿で高名なイタリアの怪車ムルティプラ(これも実物を見たことある)と張り合える個性。しかし、なぜそんな車を詳しく知っているのか疑問に思われるだろう。Wikipediaにもない情報だ。答えは簡単、我がsmartの点検の時、納車前の実物を見た。

・店長、本気で笑いながら「この車、売れたんですよ!」と報告してくれる。
・「どんな人が買ったんですか?」「どんな人だと思います?」
・個人情報保護法、まだ存在せず。
・「何と四人家族の普通のサラリーマンの方です。今日の午後、家族みんなで引き取られるそうです」
・「家族みんな、で……? 二人乗りの車に?」
・「そうです。車で来られるそうです」
・「ヘルメットは?」
・「もちろん被って頂きます」

興味のある方は検索してもらえればと思うが、本当に屋根がもげたようなデザイン。今見たら中古で、198万円、9万円、応相談と3台も売ってる。買うなら今だ!

smartよ、永遠に。

(きうら)


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