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★★★☆☆

ラヴクラフト全集(1)(H・P・ラヴクラフト (著)、大西尹明(翻訳)/創元推理文庫)

投稿日:2017年8月5日 更新日:

  • 架空のクトゥルフ神話体系をベースにした怪奇譚
  • 恐怖の周辺を描く独特の作風
  • コズミックホラーと称される壮大なバックグラウンド
  • おススメ度:★★★☆☆

日本でも二次創作や三次創作が行われ「知る人ぞ知る」怪奇作家ラヴクラフト(1890-1937)。怪奇小説好きならば、その著者名と「クトゥルフ」や「ヨグ・ソトホート」、「インスマウス」や「ニャルラトホテプ」といった単語を耳にしたことがあるかも知れない。私もそれほど著者に詳しくはないが、知りえた範囲で解説すると、他の怪奇小説作家と違う点は、

1.クトゥルフ神話と呼ばれる架空の物語をバックボーンとして小説を創造した
2.独自の表現・言語感覚を用いて小説が描かれている
3.多くの作家がラヴクラフトの設定を使って二次創作を行った

ではないだろうか。深くご存知の方には無駄な解説だが、この全集を解説するうえでは不可欠な知識だろう。

全集(1)には二つの中編「インスマウスの影」「闇に囁くもの」と、二つの短編「壁の中の鼠」「死体安置所にて」が収録されている。

「インスマウスの影」は、ある(架空の)港町インスマウスに立ち寄った若者が経験する恐怖を描いている。話の筋は単純で、周囲の町の住人が忌み嫌うインスマウスという町に興味本位で足を突っ込んだ若者が、正体不明の町の住人らしき怪異に襲われるというもの。ただ、先日紹介したディーン・R・クーンツ等と比べると、ずっと奥ゆかしいというか、怪異は直接的には描かれず、その周辺を仄めかす形式で表現されている。実際的な残酷表現に走らず、全編に渡って不気味な雰囲気を全面に出している。

これはもう一つの中編「闇に囁くもの」も同様で、人里離れた山奥で蟹に似た化け物に脅されているというエイクリーという人物と主人公の「交流」が主なテーマで、怪異そのものははっきりとは描かれない。全てが主人公ウィルマートの幻想として片づけることもできるし、手の込んだ悪戯として笑い飛ばすこともできるように見せかけながら、実際に想像すればするほど気持ちの悪い要素が満載という内容だ。詳しくは書かないが、独特な表現も相まって読者は落ち着かない気分になるだろう。

この著者の「ゴシック・ロマンス」とも呼ばれる作風が合うか、合わないかによってこの本の評価は著しく変わる。今風のサスペンスに満ち溢れたホラーではないので、展開もゆっくりとしているし、直接的なエロ・グロ表現もない。読み方としては、偉大な古典ホラーとして腰を据えて味わうべきだろうと思う。そう捉えると「名状しがたい」といった表現や、「クトゥルフ」や「ダゴン」といった神々の名前が現れる度にワクワクするだろう。訳者の解説でも指摘されているが、要はラヴクラフトを楽しむには読者の想像力が必須なのである。

短編の二つはこれらと比べるとずっと読みやすい怪談で「壁の中の鼠」はタイトルそのままの壁の中の鼠に悩まされる男とその調査の結果の悲惨な結末を楽しむもの。「死体安置所にて」は、死体安置所に閉じ込められた男の奮闘をある種のユーモアを交えて描いている。

どちらにしても生前にはたった一冊の本しか刊行されなかったというラヴクラフトの不幸な境遇と合わせて、その独特な作品世界にはホラーファンとしては一度触れてみる価値があるだろう。ただ、今風のスリルを期待すると少々当てが外れてがっかりするかもしれない。

ちなみに、クトゥルフ神話の二次創作として私が最も感銘を受けた伝奇小説に栗本薫の「魔界水滸伝」がある。紹介文には書いたが、日本の古来の神とクトゥルフ神話の神がバトルするという壮大なお話で、少し古い作品ながら、十分にドラマチックで楽しい娯楽小説だ。文庫本で20巻もあるが、こちらもお勧めしたい。

(きうら)



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