- 現代的なホラーと哀愁を感じるホラー2本
- 前者はユーモアを、後者は悲しみを巧みに表現
- よくできた中編ホラーだと思う
- おススメ度:★★★★☆
色んなホラーを読んできた。著者の作品も「平面いぬ。」「ZOO〈1〉」と過去に2作品を紹介しているが、今回が一番面白かった。適度な長さの中編が収められているのだが、ちゃんとホラーとして成立しながら、オリジナルティと情感が感じられる。
(あらすじ)「A MASKED BALL」は副題が「及びトイレのタバコさんの出現と消失」というユーモラスなもので、ある学校の人気のないトイレの壁に落書きするという行為を複数人が交互に行い、奇妙な交流を図るというもの。その中に、明らかにヤバイ感じの一人が混じっており、物語はその一人のの正体を追いつつ、学校で起こる異変が語られるというもの。ちょっとしたミステリの趣もある現代ホラー。
「天帝妖狐」は題名こそ壮大だが、実際は、子供のころに狐狗狸さんを通じて、何者かと「契約」して、悪魔の体を手に入れてしまった若者の悲哀を、平凡な少女杏子との交流の中で物語るという趣向。自らの体が変位するのは狼男の変異譚とも受け取れるが、変身の過程に変なリアリティがあってそこが面白さになっている。
まず前者については、実にユーモラスで現代的である。書かれたは既に1998年なので、またしても古い作品なのだが、うまく学生独特の、いい加減で好奇心旺盛、無責任な様子が描かれており、非常に楽しく読める。主人公がトイレの壁に「ラクガキスベキカラズ」という落書きを見つけたところから、何人かが壁に返信を書くようになる。
だれのらくがきなのか知らないけど、らくがきしてるのは自分のほうじゃないか。
K.E.
くだらないけれどこういう落書き俺は好きだ。とくに全文カタカナだというのがいい。
2C茶髪
もうこれ以上学校の建物に落書きするのは辞めた方が良いと思います。
V3
と、言った感じで、実際の学校生活と並行して落書きが進んでいくのだが、ご想像の通りカタカナの落書きの主が途中から暴走し始めるのである。それがホラー的でもあり、ミステリ的でもある。しかし、あくまで雰囲気はライトな感じで、最後の落ち付近も良くできていると思う。現代的な怪談は結構読んだと思うが、パターン的には新しいし、超常的な現象に逃げなかったのは良いと思う。
もう一方の「天帝妖狐」は、題名が題名だけに身構えてしまったが、最初に紹介した通り、子供のころ、軽い気持ちオカルトに手を出した結果、魔物に身を窶した男の悲哀が描かれている。タイトルがネタバレになっているので、紹介してしまうが「狐憑き」がテーマで、契約相手が女性であることから、恐らく「九尾の狐」を差しているのではないか。天狐か空狐の可能性もあるが、たぶん、九尾だと思う。
その壮大なタイトルとは裏腹に話自体は、どこか郷愁を感じる地味な「獣への変身譚」という古典的なテーマを扱っている。しかし、登場人物を絞ることにより、独特の雰囲気と、ラスト付近の哀愁に満ちた会話を生み出しているのは評価できる。虐げられた人間の心情を描いた悲劇とも取れ、なかなか泣ける展開だと思う。
2作とも雰囲気は全く違うが、適度な長さと読みやすい文章で、気軽に楽しめるホラーになっている。ガチンコで怖いということは無いが、部屋に悪霊がついて云々という怪談よりは、はるかに洗練された個性的な作風なので、ホラー好きの方には楽しめるのではないかと思う。
ところで、「タバコさん」は「トイレの花子さん」のパロディであるのだが、私は元の話を正確に知らなかった。いつもおなじみWikipediaによると、
「学校の校舎3階のトイレで、扉を3回ノックし、『花子さんいらっしゃいますか?』と尋ねる行為を一番手前の個室から奥まで3回ずつやると3番目の個室からかすかな声で「はい」と返事が返ってくる。そしてその扉を開けると、赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいてトイレに引きずりこまれる」というもの。
らしい。うーむ。そういう話だったのか。アニメ化して飛び回っているシーンしか記憶にないのだが。私の時代の都市伝説は、口裂け女に人面犬、トイレの話も「赤いマント、青いマント」などであった。都市伝説も変形しながら、小学生の間ではいつの時代でも膾炙しているのだろう。そういう「不可思議なものへの無防備性」こそ、少年時代の弱点でもあり、長所でもあったな、と、今にしては思う。
(きうら)