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アイガー北壁・気象遭難 (新田次郎/新潮文庫)

投稿日:2019年1月30日 更新日:

  • 硬軟織り交ぜた山岳短編14篇
  • 古い小説だが山の怖さを実感できる
  • 凍った世界をじっくり味わおう
  • おススメ度:★★★★☆

私は山岳家に対して純粋な憧れのようなものがある。特に局地登山をする方々には畏敬の念を覚えるほどだ。沢木耕太郎の「」を読んだ時も、山野井泰史の生き様に魅了された。極限の高山を踏破するというのは確かにロマンがあるが、現実世界でそれを成そうとすれば相当な困難も伴う。金銭的、精神的、肉体的にこれほど過酷なものに打ち込めるのだろうか? それは私が山に登ったことがないから分からないのだろうか? とにかく、山岳家を描いた小説は、私にとって「地に足のついた」ジャンルで、いつも新鮮な発見がある。この小説もそんな期待を持って手に取った。

(概要・紹介文転載)取りつき点から頂上まで1800メートルの巨大な垂直の壁に挑んだ2人の日本人登山家の実名小説『アイガー北壁』。2人のパーティーが白馬岳主稜で吹雪にあい、岩稜から姿を消す『気象遭難』。冬期の富士山で、不吉な予測が事実に変って主人公の観測所員が滑落死する『殉職』。他にヨーロッパ・アルプスを舞台にした『オデットという女』『ホテル氷河にて』など、山岳短編の傑作全14編を収録する。

不勉強なことで知らなかったが著者は山岳小説の大家で、このジャンルでの嚆矢のような存在(らしいけど間違ってたら申し訳ない)。まあ1980年に亡くなってるので知らないのも仕方ないかも……というわけで、発表された時代は昭和33〜45年と解説にある通り、ちょっと古い。しかし山そのものはもちろん変わらないので、酷い違和感は無い。とはいえ、山登りの装備は長足の進歩を遂げているので、GPS・携帯電話はおろか、無線すら出てこない。ラジオを聞いて天気図を自分で引いているのは、さすが私が生まれる前の小説だと変に感心した。

内容は、とにかく遭難する。主に冬山で、ベテラン登山家、富士山の気象観測士、素人の登山家……さらに男女問わずに山で迷いまくる。そこから、想像以上のバリエーションのドラマが描かれる。言ってしまえば、元ネタは一緒なわけだが、関わる人物によって実に多彩なラストを迎える。テーマも多彩で、単に山の恐ろしさだけでなく、山男の人生、恋愛、矜持、後悔、女同士の相克など様々。単純に小説として良く出来てる。過不足のない文章で読みやすい。以下印象に残ったお話を紹介したい。

トップエピソードの「殉職」は富士山頂観測所を舞台にした老人の渋いモノローグ調。短い頁数に複雑な心理が交錯し、ラストはタイトルの通りの悲劇となる。オチについて、とやかく解説しないところがサッパリしていて余韻がある。

「山の鐘」は二人の女性登山家を引き連れた男が、のっぴきならない状況に追い込まれて四苦八苦する純粋な遭難譚。いきなり女性二人が出てきたので軟派な小説かと思ったがなかなか。女性像が少し古いが、ハラハラするいい読み物だと思う。

本のタイトルの一つ「気象遭難」。山岳会の軋轢を描きつつ、やはり題名通り遭難を描く小説。これも中々怖い話である。とにかく雪崩が危ないことはよく分かる。ただ、タイトルにコールされるほど、この作品集では抜きん出ているとは思えない。内容を現すのに分かりやすいからかも。

「ホテル氷河にて」は一変、スイスの山小屋における人間模様、特に恋愛にスポットが当てられている。不思議な人間関係が交錯し、更に主人公はほぼ傍観者であることから、単なる山を舞台にした恋愛小説とも言えず、何とも言えない後味を残す。外国人の人名がほぼ和訳されている点は時代を感じる。

「アイガー北壁」は表題に値する傑作。緊張感のある雰囲気で、山男のプライドがぶつかり合う熱い内容。実話を元にしているとのことが、リアリティを上げているとも思う。困難な山に立ち向かう男たちのドラマ、何も書かないので正統派山岳小説として一読あれ。

「オデットいう女」はこの小説群には珍しくどんでん返しがある作品。アルプスを舞台に謎の女性登山家を巡って数奇な物語が語られる。「アイガー北壁」とは違って、非常に小説的な技巧が凝らされている。

「涸沢山荘にて」は一番ユーモラスなお話だ。現代では考えられないが、軽井沢と涸沢を間違えたチャラいカップルに振り回される山男の受難記。多分、著者は山ではしゃぐ素人に常々怒りを感じていたのだと思う。そんな気持ちも込めて、ちょっと戯画的なタッチにしたと感じる。

「凍った霧の夜に」は最終話に相応しい作品。山岳遭難ものを軸に、謎めいた男も登場し、最後まで目が離せない展開だ。主人公が愚痴りながらも逆境に逆らっていくのは「ダイ・ハード」のブルース・ウィリスっぽい。遭難というテーマばかりで飽きるかと思ったが、最後まで面白かった。

多分私は最終話の主人公のように、客観的には孤独で格好悪い男の中に秘められた、信念や底力に共感しているのだろう。馬鹿げた世界だとも思うのだが、山登りは奥が深い……と、いう気持ちにさせてくれる。

怖さという点では、凍った極限世界での絶望感が味わえるだろう。絶版にならずにここまで読まれている小説、時代のギャップはいくらか割り引くとしても、じっくり楽しみたい短編集。私の期待は裏切られなかった。

(きうら)



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