★★★☆☆

劇画ヒットラー (水木しげる/ちくま文庫)

投稿日:2019年9月16日 更新日:

  • 人間ヒットラーの生涯
  • 彼の意志にフォーカスされている
  • なぜ水木しげるはこのような描き方を?
  • おススメ度:★★★☆☆

ご存知、水木しげる大先生の戦記物の一つだが、テーマは異色のヒットラー。彼の生涯が異常な密度で描かれている。セリフ・作画共に信じられないくらい緻密だ。しかし、私の知る限り、戦争で片腕を失った著者は反戦主義者的な立ち位置だったはずだ。しかし、この本に出てくるヒットラーは「愛すべき」人物だ。もちろん、ラストには真っ暗な結論が述べられているが、とにかく人間味あふれる。ドイツなら、一発発禁という内容である。

脱線するが、今(2019/9現在)著者の代表作「ゲゲゲの鬼太郎」のアニメ・第6シリーズが放映されている。うちの中2の娘がはまっているので、なかなか人気もあるようだが、横で見ている私には違和感しかない。やけにクールですかした鬼太郎とスタイリッシュな必殺技、超絶美化された猫娘、妖怪ウォッチを逆に喰ったような設定など、ブラウン管で第2シリーズの鬼太郎(1971-1972)の再放送を生で見たことがある私からは隔世の感がある。

だが、違和感の正体は声だ。時代と共に演者が変わるのは仕方ないとは思う(吉幾三がテーマを歌う鬼太郎もよく考えると色々おかしい)。とにかく主要三人の声優なのだ。主役の鬼太郎(沢城みゆき)はまだいい。あんな根暗キャラではないと思うが、そういう冷たい部分も旧作にもあったし、声もはまっている。ところが、相棒である目玉のおやじが野沢雅子なのだ。これは私にとっては、モロに鬼太郎である。鬼太郎の上で、鬼太郎が喋っている! さらにねずみ男があの古川登志夫である。彼は私の中で「諸星あたる(うる星やつら/高橋留美子)」であり、あのチャラいキャラを演じている様子は、「帰って来た諸星あたる」以外の何物でもない。新生鬼太郎が、第2シリーズの鬼太郎と、諸星あたると会話している様は正にカオス。百歩譲ってねずみ男は許すとして、やはり、田の中勇は偉大であった。野沢雅子は素晴らしい声優だが、これはミスキャストだ。ちなみにこの感覚を先日の「マスオさん」で再度味わった。声がいかに重要かが分かる。

しかし、話はヒットラーの漫画のことだった。この漫画は、ヒットラーのアイデンティティがいかに形成されたか、に主眼が置かれている。なので、派手な戦闘シーンはほとんどなく、有名なアウシュビッツの描写も冒頭にほんの少し描かれるだけだ。

ご存知と共うが、ヒットラーは画家を志し、その後浮浪者まで没落し、そこから、史上稀にみる独裁者として名を残した。現在でも、独裁者・虐殺者・ファシスト・独断・悪魔の王としての人間のアイコンであり、様々な作品にほとんど悪役として登場する。特にアメリカ映画の敵と言えばヒットラーだった。そういう意味では同じ立場でも、ムッソリーニや東条英機が同義で語られないのは、やはり強制収容所の一件があるからだろうか?

水木しげるは、戦争全般を憎んでいると思うのだが、同時に、純粋な画家として、ヒットラーにシンパシーを感じてしまっている自分を自覚している。それが作品に現れていて、なんと、彼の成功を願いながら読者は読み進めてしまうことになる。極端に残酷なシーンが無いのもそれに拍車をかける。この物語のヒットラーは、繊細な理想家の有力な政治家である。そして、複雑な政治的人間関係をねじ伏せ、独裁者として成功し、戦争に負け、自殺に至る哀れな人間でもある。

著者の狙いは「悪のアイコン」であるヒットラーを解体し、その「中身」に焦点を当て、再び悪とは何かを再構築したかったのではないか。その過程で、ヒットラーが善人化してしまうのは仕方ない。彼も人間だったのだから。とはいえ、先日も書いたが、彼はやはり人間としては最悪の選択をし続けた人間であろう。

先述したが、画風は繊細で異常な密度を持ったドラマが展開される。複雑なナチス誕生の過程がスッキリ整理されている。またしも教科書には向かないだろうが、こういう漫画があれば、私はもっと歴史に興味を持っただろう。英国・フランス・ソ連あたりの悪行も相当なもので、特にソ連の強引で汚いやり口には閉口した。日本も大概だと思うが、奴らは油断できない。本書では、本当に怖いのは彼らロシア民族ではないのか? と思わされる描写が多々ある。

とはいえ、最後には

ドイツ中に果てしない廃墟が続いていた……これが ヒットラーがドイツ国民に贈った「千年帝国」だったのである………

の、セリフで幕を閉じる。真に感慨深いものがある。平和を叫んで騒ぎ立てる気はないが、結局、戦争とはそういうものだ。

そしてそれは今も続いている……。

(きうら)


-★★★☆☆
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