★★★★★ 読書メモ

息吹(テッド・チャン、大森望〔訳〕/早川書房)~読書メモ(54)

投稿日:2020年1月17日 更新日:

  • 久々に出た2冊目の短編集
  • テクノロジーを通して人間を問い直す
  • オプティミズム志向のSF
  • オモシロ度:★★★★★

テッド・チャンの二作目がようやく出版された。『あなたの人生の物語』以来で、17年ぶりだという。前作をいつ読んだか忘れたけど、『あなたの人生の物語』はずっと心に残っていたので、あまり久しぶりという気はしない。

本書をひととおり読み終えた今の印象は、「ポジティヴな要素を見つけること」(p263)を通奏低音にしているということ。いくつかの短編の中で描かれるのは、たとえ皮肉な運命が待ち受けていたとしても、登場人物がよりよい選択をすることによって、この世界が最善なものになる(という認識をもつ)のではないかという、そういう意味で、非常にオプティミステイックな感覚に満ちたもの。最善なものを探るということには、どこかに神という最善のものを措定しているというようにも通じるような気がする。変えられない過去、AIやマシンと人間との交流、多世界解釈を通じての選択など、それらには決してオプティミズムにあふれているというわけではないけども、最後の余韻には、そういった未来像が見え隠れする。個人的には、シオランの本を読んだ後にこれを読んだ。それでも、ペシミストからオプティミストに鞍替えしようとは思わなかったけど、とてもいい気分にはなった。こういう意味で、フィクション(小説)はとても有益なのです。

では、以下に簡単な感想(と突っ込み)を。

・「商人と錬金術師の門」
千夜一夜物語の枠組みをかりた枠物語の体で進む。タイムトラベルができる門(どこでもドアみたいな)により、未来や過去の自分に会うことができるが、しかし、それらの行動を変えることはできないという話。ただその時の自分のことを知ることしかできないが、それでも今の自分自身の認識が深まる。こういうところに、より最善の自分を目指そうというものが見える気がする。

・「息吹」
なかなか奇想にあふれた一編。「息吹」が宇宙を作り出し、「わたし」はその空気によりつくりだされた一時的なパターンなのかもしれない。それでも何か最善の道を見つけることはできるかもしれないという気分になるような、そういう一陣の風が吹くような作品。

・「予期される未来」
予言機によって、「自由意志」が存在しないことにされた。いわば、選択が無効化された決定論的世界のこと。ほんの数ページで終わってしまった。てっきり哲学的な展開を予想していたので、少し肩透かしをくらい、その場で一回転しそうなほどずっこけた。

・「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」
「ディジエント」という、AIが搭載されたと思しきディジタル生物のことをめぐる話。その存在と人間との交流や、そのアバターたちが育つことで、その子たちが自由意志をもって行動するさまが描かれる。その他にもセックスロボットや虐待のことなども出てくる。ロボットなどが自我や意識をもつとはどういうことかという問題意識はあまりないようだけども、ロボットの権利をどう認めていくかという意味で、登場人物それぞれが最善の道をたどる様がなかなかよい。

・「デイシー式全自動ナニー」
これは、機械仕掛けの子守りが出てくる話。ここでも「ソフトウェア~」同様、教育という主題が取り上げられる。

・「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
近未来のテクノロジー社会と、無文字社会との対比を描くことで、書くことと読むこととの違いを明らかにする。近未来の社会では、記憶(「ライフログ」)が映像として外部化されることで、あらゆる記憶違いがなくなる。そうすると、人間の認識がどう変わるのかが描かれている。一方、口承文化(声)から書記文化(書かれたものとしての記憶)へ移ることによって、どういった変化を無文字社会にもたらしたのかも平行的に描かれる。
ところで、一人称視点の記録映像があるとして、それを観るときにもまたそこには一人称視点がもちだされる。もしその光景をログとして残していたとして、そうするとその映像を観ているという視点が合わせ鏡のように無限ループとして残されることになるが、そんなことするひとはいないだろうな。
あと、記録の改ざんの可能性については、うまい具合に避けられているけども、そのこと自体がこの作品自体が最善のものを志向していることにつながるように思える。
まあ、こういうツッコミはまあ無粋か。

・「大いなる沈黙」
これは、コミュニケーションの可能性と不可能性がおなじ地平で書かれていて、まあなかなか面白い一編だった。理屈っぽいものよりも、こんな短篇が好き。

・「オムファロス」
これは、教会によってひろめられた世界創造と、科学者による観測との葛藤を描いたものだが、だからどうしたとした感想しかない。おもろいんだけども。

・「不安は自由のめまい」
これは、可能世界にいる無数の(別のルートにいる他の)自分(「パラセルフ」)との対話を通して、自らの選択がどうなるのかというその行方を楽しむもの。分岐した他の世界の自分を知ることによって、今いる自分の選択にせまられることにもなるけど、「選択するという行為は、それだけで新たな分岐を生むわけではない」とされる。世界の分岐は、とあるガジェットを用いることによる、「量子現象」により生まれるとされる。とすると、別の可能世界との連絡は、量子もつれかなにかによるものだろうか?
もし選択自体が新たな分岐を生むとすると、ややこしくなるからだろうか?
そう考えると、設定的には無難だし、物語的にも、ややこしい問題をもちだすことなく、それなりにややこしい話を作ることができるように思われる。
では、選択自体が新たな分岐を生み出すことがあるとしたら、どうなるのだろうか。まずは単純に考えると、別の可能性を知ることで、そのことによっても新たな分岐が生まれる可能性が出てくる。そのことを知った後の世界と知らずにいる世界とに分岐する。もしそうならば、知らなかった世界の分岐を、知ってしまった世界から知ることはできるのだろうか?つまり、知らなかった世界を文字通りに考えると、分岐が生まれなかった世界のことになるけど、そうすると、知った後の世界とのかかわりはどうなるのかという問題。たとえば「A」という分岐しなかった世界から「A+」という別の可能世界がうまれるとして、では「A」がただ「A」であっただけならば、そこから「A+」は生まれてこない可能性もあるわけで、それらの可能性の中から、この「A」と「A+」や他のもっと分岐する可能世界を知るということは、一体どういうことなのだろうか?分岐しなかった世界からは、分岐した後の世界のことは関知し得ないはずなのだけども、そう考えると、その両者には何の連絡手段がないはずなので、そこにはこの両者を見通す何ものかの視点を導入しなければならなくなる。それは神かもしれない。
以上のことから考えると、この一編は、登場人物が多世界解釈というひとつの思考装置を用い、それぞれの人生にまつわるひとつの道筋をなるべく「最善」に向かって、己らの選択肢を見つけ出すという、ある意味オプティミズムにあふれたものといえそうな気がする。

まとめ。テッド・チャンの作品集はこれで二冊目。現代のSFを、テクノロジーと人間(の意識や認識と)を問い直すものとしてみるとき、ふたつの作品だけでそれらを楽しむことができる。これはこれで、非常にお得ではある。そして、さまざまな(読者の似非)哲学的な問題にも思いをいたすことができそうな気もする。これを期に自由意志と因果性を扱った哲学入門書でも読んでみよう。

(成城比丘太郎)


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