・今回は怖い本の紹介ではないので怖い話を読みたい人はスルー
・怖いというより寒いかキモイ。というか、滅茶苦茶でアホ
・なぜ、特別編でスルーかは下記の説明を読むとよくわかります
おススメ度:★★☆☆☆
本来更新しないつもりの日だったが、時間が開いたので、特別編として投稿してみます。最初にも書いたが、怖い本を読みたい人はこの先の文章は、
絶対にスルーしてください。読んだら後悔しますよ!!
突然ですが、あなたの家の本棚に「詩集」はありますか? 相田みつを(Wiki)氏のような「色紙やカレンダーになったもの」ではなく、ちゃんとした本になった詩集はありますか? ほとんどの家にはないのではないかと思う。かく言う私の家にも現代詩(それも短歌集)に限れば、枡野浩一氏の短歌集「てのりくじら(Ama)」と「ドレミふぁんくしょんドロップ(Ama)
」とあの有名な「サラダ記念日(Ama)
」の三冊しかない。もし、詩集をお持ちでしたら申し訳ないが、それだけマイナーなジャンルだ。
なぜ、マイナーか? それは「売れない」からだ。有名な現代詩の作家の先生でも、数千部の自著を「手売り」していると聞いたことがある。俳句や短歌ならまだしも「現代詩」で本当に売れたのは上記の「サラダ記念日」くらいではないだろうか? 例えば「悲しき玩具」などで有名な石川啄木も、生前は放蕩生活を繰り返した挙句、貧困のうちに若くして亡くなった。葬式に夏目漱石が来たというのは凄い話だが、教科書に載っている文学の大家でもそうなのである。それが名もなき一詩集であれば、何を言わんか、ということだ。
まさに「世の中はどうでも勝手に棕櫚箒(しゆろぼうき)-永井荷風」の世界である。
と、前置きが長くなったが、この「詩集」には、「魔」と「法」と「瓶」の3つのカテゴリーに27編ずつ、合わせて81篇の自由詩が収録されている。「魔」は恋について、「法」は孤独について、「瓶」はその他色々という感じだが、「魔」はともかく、「法」と「瓶」は意味不明な詩も多い。これを読んで面白いと思う人はよっぽど変わり者だ。恋の歌も作者があとがきで書いているように「モテない男のキモチワルイ妄想」のような詩ばっかりだ。
感想は、サムいかキモい、というのが適切ではないだろうか。そもそも英語にするとポエム。いい年こいた大人が歌手でもないのに詩を書いている時点で恥ずかしい。決して現代詩を軽んじているわけではなく、この本が正式に発売されたものではないKindle限定(つまり素人の自費出版みたいなもの)だからだ。
そろそろオチが分かってきましたね?
そうです。その通りです。この本の作者は、今この文章を書いている自分自身です。いま、ここまで読んで後悔していることと思います。同感です。私もドラマだと思ってみていたらCMだった時の腹立たしさはよくわかります。まあ、そういう分けで、自分で書いた詩集を自分の批評サイトで紹介するという行為が「キモイ」か「サムイ」というオチです。
でも、そこはそれ、いくら評価が低くても★を一つにしないところに未練が残っていると思ってください。ちなみにこの詩集の中身はWEBサイト「本当の魔法と魔法瓶」でも読めるので、そもそも買う必要もないのです。その辺の事情はその詩のサイトでも書いています。
でも安心してください。このサイトも詩集も「一円の儲け」にもなっていません。「皆さん正直だなぁ!」ということで、おしまいです。明日からはまた真面目に(?)怖い本を紹介したいと思います。本当に失礼しました。ではまた。
(きうら)
追記:上記の枡野浩一氏の「てのりくじら」の中に収録されている「結果より過程が大事 『カルピス』と『冷めてしまったホットカルピス』」という詩が大好きだ。未だに空で覚えている。
追記2:何故か一冊売れました。その素晴らしい読者の方に乾杯。たとえ★一つの評価でも直接会って握手に行きたいくらいの気持ちだ(2017/03/26)。