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★★★★☆

ジョイランド (スティーヴン・キング/文春文庫)

投稿日:

  • ノスタルジックな遊園地を舞台にした青春ミステリ
  • こんなに好感がもてるキングの作品は初めて
  • 優しく、悲しく、残酷。そしてほろ苦い。
  • おススメ度:★★★★☆

お久しぶりになる。最近、もう投稿しないのではないかと思われている管理人。本は読んでもどうも人に薦めるような気になれずに筆が止まっていた。そんな憂鬱な気分に終止符を打ってくれたのは、ご存じスティーブン・キングの近作(2016/7/8発売)。そのイメージや年齢とは合致しない、実に瑞々しく、美しく、残酷でもある読書体験だった。本書の主人公が彼女に思い焦がれているのと同じ感じ、要するに「ただ好きな」話だったのだ。最後まで読んですぐに2回目も通して読んだのは久しぶりだ。

巨匠が放つノスタルジックで切ない青春ミステリー

遊園地でアルバイトを始めた大学生のぼくは、幽霊屋敷に出没する殺人鬼と対決する……
もう戻れない青春時代を美しく描く巨匠の新作。

これから読もうと思っている方には表紙のイラストとこの短い紹介文以上は不要だ。ぜひ、読んで頂きたい。それでもどうしてもネタバレしてもいいから内容を知りたい、もしくは読んだ後、という方は続きをどうぞ。

以下、ネタバレ注意。

舞台は1970年台のノースカロライナ、と言ってもよく分からないが日本人がイメージする「古き良きアメリカ」がまだ現役だったころ。物語はその時代に青春を過ごした男の回想録になっている。現在のスティーブン・キングが架空の青春時代を振り返っているように思える。

話はシンプルだ。彼女に振られかけている大学生のデヴィン・ジョーンズ、物語の中では「ぼく(以下ぼくとして区別しない)」が、田舎にある遊園地ジョイランドでひと夏バイトをすることになる。第一部・失恋編と言える物語中盤までは、彼が彼女にきっぱり振られるまでが描かれる。彼はトムとエリンという友人と出会い、おばけ屋敷に少女の幽霊が出るということを知る。そしてそれに出会いうのは友人のトムである。

愉快なのはぼくがすごくいいやつで、子供好きで、ハウイーという某ネズミーランドのミ……に当たるハウイーという犬のキャラクターに扮すること。いわゆる着ぐるみーー本書ではこの遊園地のスラング(トーク)として毛皮と呼ばれるーーで、真夏に着れば10-15分でぶっ倒れるというシロモノだ。

彼はこれを着て子供たちをあやすことに才能を見せる。そして、その延長戦上で、ソーセージを喉に詰まらせた少女を窒息から救う。

この部分、ヘロヘロの状態から着ぐるみで登場し、素早くハウイーの頭と手を外し、迷いなく少女を救うシーンは特筆ものだ。明るく胸が空くシーンである。救われた少女の言葉「ハウイー、首がとれちゃってるよ?」に泣ける。

他にもある。エリンはこの本の魅力的な表紙のモチーフとなっているカメラを抱えた快活な女性だ。トムは男前では無いが、頭の回転が早く、弁舌に長ける。この二人が恋人になるのだが、ぼくは二人に強い友情を感じつつ、同時に小さく嫉妬もする。エリンから「トムさえいなければあなたを」を慰められるのは何とも言えない哀しさ。ただ、生涯、この三人の友情は破れることはない。エリンは写真家志望なのだが、後半でも重要な役目を果たす。一方、トムは前半で割と早く亡くなっていることが分かる。この辺りも重要な伏線になっている。

それぞれの遊具の担当者、射的の親父や観覧車「カロライナスピン」のレインなどの先輩社員も魅力たっぷり。占い師のフォルトナには「二人の子供」が鍵であり、危険が訪れることを予言される。この小説の用語で言えば、彼らは見世物筋で、言葉は粗いが、キッパリとして分かりやすい。

ちなみにぼくの恋は小学生が使うような便箋に書かれた手紙で終わる。彼女の新しい恋人は、ラクロスが趣味で高級車に乗っているらしい。ぼくは「彼は高級車でラクロス。自分は田舎の遊園地で犬の格好をして尻尾を振っているのだからフラれて当然だ」と嘆く。ここでも、どうして自分はダメだったのか、それを知りたい、と回想される。私にも覚えがあるが、フラれる時はいつもそう思う。もっとも私の場合は「何を考えてるのか分からない」という明確な理由が多かったのだが。

ここまでシーンを並べてみたが、全体のトーンが優しいのだ。キングの小説はとかく残酷・残忍な悪意が先行するが、本書はその前に労りの心が現れる。お化け屋敷でカミソリで喉を切られ惨殺されたリンダ・グレイのエピソードは出てくるが、直接、姿は見えない。トムは見たという設定になっているが……そういう意味でも非常にみ読みやすい。娯楽的でありながら、細部に心揺さぶられる台詞が散りばめられてある。

前半が失恋がテーマなら後半はお化け屋敷のリンダを殺した犯人を探す「解明編」になる。ちょうど50%くらいでトーンが微妙に変わる。

後半にフォーカスされるのは、筋ジストロフィーにかかった少年マイクと彼女のシングルの母親・アニー。マイクは聡明で、マイロという犬を飼っている。母親はもちろん凄い美人。射撃の名人、大金持ちの祖父の孫、最初はぼくを見下している高慢な女性として描かれる。

ストーリーは、ぼくとこの二人の関係が深まる様子が丁寧に描かれる。きっかけはぼくが凧をど飛ばすことを手伝ったこと。母親がコツを知らず困っている浜辺で、キリストの模様の凧をぼくが父親から教わった方法で空高く上げる美しいシーン。単純だけど、ある種の確かな感情に捉われる。私はぼくをますます好きになる。ばくは親切なのだ。

アニーも同じで少しずつぼくに惹かれていく。その頂点はマイクのジョイランド訪問を目指して高まっていく。

キングらしいエピソードがある。

お化け屋敷の担当でとにかく嫌われ者の初老のエディ・パークス。ぼくを「坊主」呼ばわりし、愛煙家で、気難しい。ぼくをこき使って感謝の言葉は絶対に述べない。ただ、悪役には思えない。その最悪なエディが心臓麻痺を起こす。そしてあろうことか、ぼくは心臓マッサージから、人工呼吸を行う。それはもうユーモラスに吐き気を覚えながらも蘇生に成功する様子が描かれる。その後、病室を見舞うが感謝の言葉は無く、追い払われる。ただ、この行為がとても大切だ。

一つ目のクライマックスはマイクが閉園中のジョイランドのただ一人の客として訪れること。ここで2度の人命を救助したぼくの功績が生きてくる。オーナーから閉園中の訪問を取り付け、さらにその時の責任者フレディの計らいで、半分ほどの遊具が稼働しているのだ。このシーンはぜひ、実際にゆっくり味わって欲しい。人生の輝ける瞬間を感じることができる。

二つ目はもちろん、犯人との対決だ。きっかけはエリンの調査で、リンダ・グレイと同じような殺人事件が少なくとも4件は起こっているという事実をぼくは知る。しかも3件は見世物筋と関連がある。さらにエリンは新聞に掲載された犯人の写真よりもさらに鮮明を手に入れる、犯人の特徴であった右手のいタトゥーが、実は偽物という真実に気づく。それは汗に流れて滲んでいたのだ。

この時点で犯人候補は二人しかいない。責任者のフレディか、とても親切でかっこいいレインか。私はこの時、レインで無ければいいのに、と心から思った。彼はここまで、完璧な大人を演じていたからだ。実は先ほどのエディとフレディを除けば、ぼくと関係が深いのは射的の親父かレインしかいない。親父は写真と容姿が違い過ぎて除外できる。なら?

トリックはシンプルだ。手のタトゥーに加え、犯人は髪の毛を黒く染めていた。なまじ写真が残っていただけに、警察もその変装を見抜けなかった、という設定。今ならもっと様々な分析が行われるだろうが、ぼくはこの真実を警察に話す前に犯人から脅される。

怒涛の展開になるが、ぼくはマイクを遊園地で楽しませたあと、アニーに誘われて、最初で最後の肉体関係を持つのだ。そのあと下宿に帰ったところで、犯人から電話があって、アニーを殺すと言って呼び出される。

舞台は台風が迫り来る深夜のジョイランド。巨大な観覧車カロライナスピン。そこに乗り込むのはぼくこと、デヴィン・ジョーンズとレイン・ハーディ。レインは拳銃とカミソリを持っている。彼はなぜ自分だと分かったのか、それを知りたい。ただ、デヴィンを殺すつもりだ。この二人の問答が、何周も回る観覧車で繰り広げられる。この小説が回想であるということは、デヴィンは死なない。

彼を救うのは、アニーの銃の一撃だ。これはオリンピック選手を目指したという伏線がある。それではなぜ、彼女が助けに来たのか? それはマイクの枕元に幽霊が現れ、デヴィンの危機を知らせたからだ。マイクはもともと見える性質で、リンダ・グレイも遊園地で見たらしい(この事件は割愛)。では、枕元に現れたのはリンダだったのか?

素晴らしいことにそれは違った。実際は心臓の発作から回復せずに死んでしまったエディ・パークスだったのだ。これをもって、この不思議で残酷で、ユーモラスなお話は綺麗に終わる。最後は(当然ながら)すぐに亡くなってしまったマイクの海辺での散骨シーンで終わる。デヴィンとアニーは、僅かな骨となって凧に乗って舞い上がるマイクを見届ける。

私は多分、終始、ぼくーーデヴィンに共感していた。彼は数々の不幸にもめげずに、やるべきことをやるべき時にやった男だ。この本では死んだ人間は生き返らないし、何なら死人が増えていく。ただ、それが真実だとしても、彼の視点を通してみると、発見に満ちたスリリングな冒険に感じられた。

ミステリーの賞を取ったらしいが、テーマやトリックは単純だし、何なら難病の少年との交流は陳腐ですらある。読み返してみると、懐古しているのだから、レインが犯人であることは知っているはずだ。しかし、それはラストまで明かされない。他のこと、親友トムの死などはかなり早く明かされるのに、だ。では、これは誰が誰に書いた話なのか? 私にはキングが書いた小説としか思えないし、間違ってないはずだ。精密さはあまり無い。私はミステリーやホラーより、サスペンスに近いと思う。

それはどうでもいいことなのだ。肝心なのは、その夏、誰がどう生きたか? 色々と思うことはある。ただ、私の心には、ジョイランドといういつかどこかにあった異国の遊園地と、彼女に手酷くフラれても、ハウイーを演じ続けるぼくの記憶が残った。

10年後も思い出すだろう。そう確信できる。

(きうら)

※続けて、キングが続けて書いてアメリカでミステリー大賞を受賞したというMr.メスセデスという長編を読む予定。次も長くなりそうだ。


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